長期の権力集中が生む狂気

独裁と覇権を生むのは、イデオロギーを問わない。   この事実に、今や世界の多くの人々がうすうす気づき始めているのではないか。かつて「民主主義のリーダー」と呼ばれたアメリカが、今日では共産主義国家に匹敵するほどの権威主義的 … 続きを読む

国歌が生む一体感と、スポーツが守るべき尊厳

サッカー・ワールドカップ決勝戦のスタジアムにスペイン国歌が流れた瞬間、四十年前にあの国で暮らした日々の記憶が、鮮烈な色彩を取り戻して胸に押し寄せた。雄大で、共同体の魂を根底から震わせる国歌の旋律は、どの国のものであっても … 続きを読む

老兵は死なず、ただ消え去るのみ

アメリカ陸軍のマッカーサー元帥の有名な退任演説の一節である。 「Old soldiers never die; they just fade away.」 とてもいい言葉だ。 老兵は死んで消え去るのではなく、時のどこかに … 続きを読む

アマチュアの泥沼 ―― スペックへのこだわりの功罪

かつて私がタイムラプス・フォトグラファーとして仕事に没頭していた頃、撮影機材選びに迷いはほとんどなかった。 日本ではまだ黎明期の分野であり、手探りで機材を揃えるしかなかったが、選択の基準は常に一つだけだった。 目的を実現 … 続きを読む

書き続けた一年は裏切らない ―― AI先生と積む努力

毎日一篇のエッセイを書き始めて、そろそろ一年になる。振り返れば、一年前の私は文章について驚くほど不勉強だったと思う。そう断言できるのは、今の自分が明らかに変わったからだ。結論から言えば、一年前に書いたエッセイは恥ずかしく … 続きを読む

「写真」という名の呼吸をもう一度

私は小学生のときからカメラが好きだった。 最初のカメラは、父が買ってくれた「フジペット」というブローニ版フィルムを使う、今から思うと大変原始的なカメラであった。 レンズの根元にある小さなレバーを左手の人差し指で押し下げる … 続きを読む

才能の終わりは、成長の始まり ―― 吉村妃鞠から学ぶ普遍的な人生の構造

現在14歳の吉村妃鞠(よしむらひまり)ちゃんのヴァイオリン演奏を知らない人は、もはや少数派かもしれない。 3歳からヴァイオリンの稽古を始め、3ヶ月目にはバッハを弾き、4歳でコンクールに出場、6歳でプロオーケストラと共演 … 続きを読む

入れ墨と美意識 ―― 揺さぶられる日本人の身体観

入れ墨ほど古い歴史を持ち、世界中に存在し、善の印と悪の烙印の両義性を帯びた身体表現は他にない。 旧石器時代にまで遡るその起源を知った今でこそそう言えるが、昭和の価値観の中で育った私にとって、入れ墨は長らく「悪の象徴」であ … 続きを読む

韓国ドラマに垣間見る儒教文化 ―― 日本が手放した規範の行方

近年、日本でも韓国ドラマを容易に視聴できるようになり、私自身も長く親しんできた。韓国ドラマは大きく三つの系統に分かれる。   ・歴史ドラマ ・愛憎・欲望の衝突を描く「ドロドロ系」ドラマ ・明るい「コミカル系」ドラマ   … 続きを読む

生まれた豊かさを阻む悪意の影

善意の技術がもたらす救い   昨日、友人から「私が設置・運用している掲示板」がダウンしている、と連絡が入った。 慌てて確認すると、ページを開いた瞬間にサーバーエラーが表示される。念のため、他のサイトで運用している掲示板も … 続きを読む

五十年ぶりのヴァイオリン ―― 下手でも沁みるマイウェイ

これは決して卑下ではなく、本当に下手な私のヴァイオリンの話である。   私が初めてヴァイオリンを手にしたのは、小学二年生のころだった。父の知り合いが、不要になった子ども用のヴァイオリンを譲ってくれ、それをきっかけに習うこ … 続きを読む

外国語に浸る生活 ―― VPNと海外テレビがもたらす新しい日常

青春時代、私は英語に夢中になっていた。 初めて外国語というものに触れ、自分の世界が少し広がったような感覚を覚えたのを、今でもはっきりと覚えている。   その後、勤務先の発令でスペインに留学することになり、そこでスペイン語 … 続きを読む

鏡の中の役割の消えた顔

「生きざまは顔に出る」と言われ、「四十歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て」とも言われてきた。 しかし私は、その言葉を正面から受け止めて生きてきたわけではない。人に何か言われれば気にすることはあるものの、それで自分の生き方を … 続きを読む

毎日噛みしめる「生きている」という事実

毎朝、目が覚めてベッドから起き上がり寝室のドアを開ける瞬間、「あぁ、まだ生きていた」と思う。 この感覚は、悲観でも恐怖でもない。むしろ、静かな驚きに近い。自分がこの世界にまだ属しているという事実を、毎朝確認しているような … 続きを読む

人間は善でも悪でもなく「利己性と共感性の二重構造」で生まれる

性善説と性悪説 人間の本性をめぐる古典的な議論には、「人は生まれながらにして善性を持っている」という性善説と、「人は生まれながらにして利己的である」とする性悪説がある。   性善説は、「もともと人間は善なのに、善が失われ … 続きを読む

期待し過ぎた私が悪かった ―― 偶像が剥がれ落ちるとき

アメリカに私が勝手に抱いた「偶像」   青春期の私は、アメリカという国に強い憧れを抱いていた。 私はアメリカを「自由と正義の純粋な体現者」として捉えていた。 自由、開拓精神、民主主義 ―― それらは私にとって眩しく、未来 … 続きを読む

数字としての時間/量としての時間

小学校低学年の孫娘が、ひとりで「お泊り」に来たときのことだ。 帰りの時間が迫るなか、母親から持たされた宿題の問題集を取り出し、言われた範囲をなんとか終わらせようと格闘し始めた。 算数の宿題に向かっているのだが、難しいよう … 続きを読む

老いゆく社会と、継承の途絶

「皇位継承資格者の極端な減少という制度的危機」を、日本の天皇制の正統性を壊さずに解決するために、国会では真剣な議論が続いている。 男系男子限定、女性皇族の離脱、戦後の宮家大量離脱 ―― これらが重なり、「制度が自動的に皇 … 続きを読む

覇権はこうして生まれる ―― 民主主義が自ら崩れる瞬間

権力集中と覇権の誕生   権力が長い時間をかけて一つの場所に集まると、そこは自然に「世界の中心」になる。 これは政治体制が民主主義であれ権威主義であれ変わらない。 覇権とは理念の産物ではなく、力の偏りが生む「世界の空気の … 続きを読む

最後に残された私が、今日も問い続けていること

今日、数年ぶりに甥が我が家を訪れた。ちょっとした用事で立ち寄ることになったのだが、久しぶりに会った彼は、すっかり中堅社員らしい落ち着きを身につけた大人になっていた。その姿を見て、私はふと、自分の家族のことを思い返すことに … 続きを読む

予期せぬ言論の火種 ―― 自由な発言を阻む、目に見えない壁

戦前の反省を踏まえて制定された日本国憲法は、言論・表現の自由を明確に保障している。 戦後生まれの世代が大半を占めるようになった現在、その自由は「勝ち取ったもの」というより、「生まれたときから当然そこにあるもの」として受け … 続きを読む

歴史の傷と文化の絆 ―― 三国が分かり合うために

近さゆえの摩擦 ―― 歴史が残した傷跡 中国・韓国・日本。 この三つの国は、地理的にも文化的にも極めて近い位置にある。 漢字を共有し、儒教や仏教の影響を受け、長い時間をかけて互いに文化を伝え合いながら、一つの文化圏を形成 … 続きを読む

「先達はあらまほしきこと」 ―― 名もなき経験の声を聴く

制度が形づくる「先生−生徒」構造   私たちは、学校教育の中で「先生−生徒」という関係を身体に刻み込まれて育つ。 生徒は椅子に座り、前に立つ先生を見つめる。 時間の主導権は先生にあり、話す者は「偉い人」として扱われる。 … 続きを読む

人犬(ひといぬ)への恋

散歩の途中で出会う犬たちの話を、いつも私のエッセイを読んでくださる方がコメントに書いてくださったことがある。 毎日の散歩で、仲良しの犬に会うのが楽しみだというのだ。 その言葉に、私は深くうなづいた。 私もまた「犬大好き人 … 続きを読む

手紙という時間

二十年近くの間、思い出したように封書で便りを交わしているサラリーマン時代の後輩がいる。 誠実でとても知的な彼が送ってくる手紙は、和紙の縦書き便箋に、きれいなペン書きで綴られている。   印刷された文字は、どれほど内容が良 … 続きを読む

カラスにも三分の理

早朝の散歩は、家の前の小さな林から聞こえるウグイスの澄んだ声で始まる。 時に外来種のガビチョウが騒々しく占領している日もあるが、今朝は幸いにも、思わず真似したくなるようなウグイスの歌が、寝ぼけた心を静かに洗ってくれるよう … 続きを読む

日本には人生がないと言われた日、情がないと言われた日

私の人生には、忘れられない二つの言葉がある。 スペインで言われた「日本には人生がない」。 韓国で言われた「日本人には情(じょう)がない」。   どちらも、私の内側の空洞に鋭く突き刺さった。 自分では気づいていなかった「日 … 続きを読む

拾ったクレジットカード

朝の散歩の途中、家の近所の小さな郵便局の前でクレジットカードを拾った。 ひと目で、用を済ませた誰かが財布にしまう際に落としたのだと分かった。   郵便局はまだ開いていない。 しかし、このまま放置すれば、悪意のある者に拾わ … 続きを読む

後進に道を譲る勇気と懐の深さ

政界や財界の上層には、80歳を超えてなお権力の中心に座り続ける人が少なくない。 その姿勢に敬意を抱く一方で、自分自身が加齢による「退化」を実感するたびに、果たしてそれは社会にとって本当に望ましい姿なのかという疑問が拭えな … 続きを読む

日本の情(じょう)、韓国の情(じょう) ―― その違いに触れて

韓国語を学び始めたのは、今から二十七年前のことだ。 独学だったが、近くて遠いと思い込んでいた国が、実は日本と驚くほど深く結びついていると知った瞬間、私は飢えるように勉強を始めた。   どんな言語でも、文字が読めて、言葉が … 続きを読む