三時に起きた、ひとときの恋人

誰にとっても孫ほど可愛い存在はないだろう。

男の子も女の子もそれぞれ違った特徴と「味わい」があり、甲乙つけがたい。

 

しかし、じ~じにとっては孫娘が特別の存在であることは、議論の余地がない。 まさに世界一の可愛い恋人なのである。

 

昔から「夫婦喧嘩は犬も食わぬ」と言うが、同年代の知人と孫の話を始めると、「孫自慢は老いの花」と言いたくなるほど、勝負のつかない自慢合戦になりかねない。

 

だが、これは私の「自慢」ではない。

せつない物語の告白なのだ。


お泊り

私のふたりの子供たちは、それぞれ孫娘を産んでくれた。

うち一人は同じ市内に住んでいるため、かなり頻繁に行き来している。

 

ついこの間までおしめをしてよちよち歩いていたと思ったら、もう小学校三年生だ。

今どきの子はスマホやタブレットを使いこなし、YouTubeで大人の世界に半分足を踏み入れている。

 

その一方で、つまらないところではまだ幼い子供で、そのアンバランスさが、まだらに色づいた葉のようで愛おしい。

 

孫娘が一番喜ぶのは「お泊り」である。

弟と一緒ではなく、自分一人だけで「じじ・ばばの家の特等席を占領する一晩」。

それが彼女にとって特別なひとときなのだ。

 

ゴールデンウィークが始まり、満を持して「お泊り」に来た。

背中には大きなリュック、手には大きなカバン。

中身は大切なおもちゃと着替え、そして親から無理やり持たされた学校の宿題である。

 

母に車で送られて家に到着すると、「じ~じ~!」と言って飛びついてくる。 熱い抱擁の瞬間だ。

以前は両手で持ち上げて「高い、高い」をしてあげたが、もはや重くて持ち上がらない。

今は胴体をわしづかみにして少し持ち上げるのが精一杯だが、孫娘も自分が重くなったことを知っているので、それで十分満足してくれる。

 

母が帰ると、そこから先は私の自由は一切奪われる。

かたときも許して貰えない。

 

「ねぇ、じ~じ、これ見て!」

「ねぇ、じ~じ、こっち来て!」

戦闘開始である。


二人だけの入浴タイム

夕食が終わると、私の胸は不安でいっぱいになる。

「まだ大丈夫だろうか」

「もう今回あたり、拒絶されるのではないか」

 

そう、お風呂の時間である。

いつも一緒に湯舟に入り、おもちゃを浮かべて遊ぶのだが、いつか必ず「いいの、一人で入るから」と言われる日が来る。

 

「今の子はませているから、小学校も中学年になれば拒絶されてもおかしくない」

「私の娘は中学生の時まで一緒にお風呂に入っていた」

そんな思いが頭をよぎる。

 

「お風呂だけど、一緒に入る?」

どきどきしながら聞く。

「うん!入る!」

元気な声が返ってきた。

「あ~良かった~」

安堵感で天にも昇る気持ちになった。


早起きで迎えた二人だけの時間

寝るときは、いつも一階の和室に布団を敷いてば~ばと一緒だ。

寝相が悪く、妻は夜中じゅう手足で「ばたん、ばたん」と叩かれて大変らしい。

私は二階の自室のベッドでゆったりと寝る

朝も早いし、夜中から朝までは大切な開放時間である。

 

寝る前に、孫娘に「朝何時に起きるの?」と聞かれた。

起きたらすぐに私と遊ぼうと企んでいるのが丸分かりだ。

私は「三時前に起きるから無理だよ」と言ったが、「うん、私も三時に起きる」と返された。

 

私にとって三時から五時半までの朝食の準備に入るまでの時間は、一日の中で最も集中できるゴールデンタイムだ。

世の中は寝静まり、誰にも邪魔されない、まさに「金」の時間帯である。

 

翌朝三時に目が覚め、階下のトイレと洗面に降りた。

そっと足を忍ばせ、和室で寝ている孫娘を起こさないように。

その時、闇の中から小さな影が飛び出してきた。

孫娘だった。

もう、こうなったら成り行きである。

二人はしばし熱い抱擁を交わした。

 

 

後で妻に聞くと、寝る前から「絶対起きる」と張り切っていたらしい。

二時半に妻のスマホにアラームを設定し、その音で目を覚ますと、三時になるまで布団の中で息をひそめ、二階の床が軋む音に全神経を集中させていたという。

 

普段は朝寝坊でママに怒られている子が、三時に飛びついてきた。

その姿を前に、私はすべてを放棄せざるを得なかった。

結局、私の部屋でYouTubeの『おさき日記』を一緒に見ることになった。


愛の贈り物

昼間は、彼女が書いた「計画表」に基づき、さまざまなスケジュールをこなした。

今回は宿題も含め最後まで、ば~ばからほぼすべてに「花まる」をもらった。

理由は、じ~じと約束した午後の「お買い物」にあった。

今、子どもたちの間では「シール集め&交換」が流行している。

彼女はいつも分厚いシールアルバムを肌身離さず持ち歩き、私のスマホの裏側は彼女に貼られた分厚くボコボコしたシールで埋め尽くされている。

外で人に見られるのが恥ずかしいほどだ。

 

そのシールの中でも高嶺の花が「ウォーターシール」。

薄いシールの中に水が入っていて、キラキラした金粉のような飾りが浮かんでいる。

彼女はそれを一つだけ持っていて、自慢げに私に見せてくれたので、「それならたくさん買ってあげる」と約束したのだ。

 

そのため、彼女は一日のスケジュールを必死に頑張った。

お習字も、宿題も、ば~ばとのお茶席参加も。

そして午後、じ~じと大型総合店舗へ。

売り場を知っている彼女は、一目散にシール売り場へ走った。

値段の張るウォーターシールを両手に一杯抱えてレジに行くと、売り場のお姉さんたちが「あらまぁ、すごい!良かったわね~」と声をかけてくれた。


お別れのとき

帰りの時間が近づいてお片づけをして荷物をまとめ始めると、彼女は口数が少なくなる。

 

夕刻、ママが車で迎えにきた。

ママに会うなり、買ってもらったウォーターシールを誇らしげに見せていた。 シールは親から買ってもらった事がなく、お年玉などで安いシールを買いだめてきたらしい。

 

来たときのように、リュックを背負って大きなバッグを抱えて車に乗り込んだ。 不思議なことにいつも帰る時はあまり後ろを振り返らない。 心が幸せな気持ちでいっぱいだからなのか、別れが寂しくて私を見られないからなのかは分からない。

 

でもまた会う時は、まっさきに声をあげて私の胸に飛び込んで抱き着いてくる。

 

私は孫娘の乗った車の後ろ姿をいつまでも見送りながら、

この恋人が去ってしまう日が、どうか永遠に来ませんように

と、神に祈った。

 

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