新緑が終わり、すべての生き物が夏へ向かって勢いを増す頃、野山は深みを増した緑に染まり、草木の香りが生暖かい風に乗って私を包む。
梅に始まった春の花の彩りは、いつの間にか幕を閉じ、気がつけば、家々の庭先では薔薇が誇らしげに咲きそろっている。
この溢れる生命力を感じる季節が、私はたまらなく好きだ。
私の住む埼玉県飯能市は関東平野の端にあり、奥武蔵や秩父の山並みが迫る。 山々から流れ出た入間川の清流は、シラサギやアオサギ、鴨たちの楽園となり、木々にはウグイスやガビチョウの賑やかな啼き声が響く。
今から四十数年前、東京・国立市の社宅からこの地に移り住んだ。
当時はアマチュア無線の大きなアンテナを建てられる庭を求めて選んだ場所だったが、今となっては、ここが自然豊かな楽天地であったことに心から感謝している。
自宅の敷地のすぐ横を、湧き水が作る小川が静かに流れている。
日曜の午後、その小川沿いを手をつないで歩く親子が「パパ、またここに遊びに来ようね」と声を弾ませながら駅へ向かっていく姿を見たとき、私の日常が、都会に住む人にとっては「特別な場所」なのだと気づかされた。
東京・練馬区で育った私は、自分が都会の人間だと思っていた。 転勤で東京を離れたこともあったが、その行先は大阪だった。
今朝は四時過ぎから、隣の竹林でガビチョウが「キュ~キャピ!キュ~キャピ!」と元気いっばいに声を張り上げている。
もう夏が来る。
昨日、入間川沿いを散歩していると、ガビチョウが「キュ~キャピ!キュ~キャピ! ピヨピヨ キャキャーピ!キャキャーピ!」と張り上げていた声を突然変えた。
「ホー ホケ キ!」「ホー ホケ キ!」
他の鳥の鳴き声を真似ることで知られる鳥だが、どうやら修行が足りない。
最後の「ホケ キ!」が可笑しくて、笑ってしまった。
そのうち本物のウグイスたちに出会い、澄み切った「ホーホケキョ!」が響き渡ると、胸の奥まで洗われるようだった。
人間は、自然から産まれてきたのだと、つくづく思う。
誰もが心の奥に「故郷の香りと声」を持っている。
そしてその故郷の姿は、国によって大きく異なる。
かつて住んだスペインやフィジーには、日本では当たり前の景色はなかった。
スペインの日本と緯度こそ近いが、乾いた内陸性気候で、夏はより暑く冬はより寒い。 そこに広がるのは緑の存在を忘れさせるような乾いた大地だった。
赤道に近いフィジーは、年間を通じて高温多湿の常夏。 雨季と乾季こそあるが、四季の移ろいはほとんど感じられず、そこに広がるのはうっそうと茂る緑のジャングルだった。
旅を重ねるほどに、私は思うようになった。
日本の自然がいちばん好きだ。
海に囲まれ、中央に山地が背骨のように走り、すぐ近くの大陸からの季節風を受け止める独特の地形が奇跡を生み出した。
その四季の変化は、世界でもまれなほど豊かだ。
地下ではいくつものプレートがぶつかり合い、地球上で最も皺が寄った場所。
その複雑な地形が火山列島を形づくった。
風光明媚な景色のあちこちに温泉の湯気が立ち上るのはその恩恵だ。
そして気がつけば、緑豊かな大地と清流に囲まれたこの場所が、私の終の棲家になっていた。