先日は永年のアマチュア無線の友人3人と市内の居酒屋で忘年会を楽しんだ。 サラリーマンを辞めてからと言う物、酒を飲む機会は劇的に減った。 あの頃は、職場のあった都内から自宅まで通勤電車でたっぷり1時間半はかかるので、終業後には必ず赤提灯に引っかかっていたからだ。 しかし個人事業に切り替えてからは、14年近く経った今に至るまで、拠点は自宅になったし仕事で出掛ける時も車なので、飲み歩きからは全く手を引くと言う信じられない事態になってしまった。
通勤地獄から解放された以降は、自宅の晩酌で酒自体は飲んでは来たが、所詮独りで飲んでいるのですぐに終わってしまう。 それも3年ほど前から健康の事を考えてやめてしまった。 別にアル中ではないので、飲まないからと言って特に不満はなく、それ以来ずっとノンアル・ビール1缶だけで十分満足している。 断酒した訳ではないので、息子が来た時とかは徹底的に夜中まで飲んでいると言った具合だ。
昨晩は、用心して飲んだので酔いつぶれる事も無く、余裕で帰宅してかなり拍子抜けだった。 二年前に同じメンバーで忘年会をした時に、かなり酔っぱらって帰宅したらしい。 妻に「危ないからやめなさい」と言われたのに上機嫌で風呂に入って無事出て来たが、頭からパンツを被ろうとして「入らない、入らない」と騒いで驚かせたたらしい。 今回はほとんどしらふ状態だった。 飲み始めた時間が早かった事、その日が御用納めで飲み屋は超満員で延長不可の2時間コースのみで締め出された事、前回の反省もあってみんな用心して梯子はやめた事、参加者の内ひとりは酒をほとんど飲まない冷静な友人だった事などがその要因となった。
実は、私はまた「時代から取り残されている事」を知る事になった。 かつては毎晩のように神田・銀座・築地・新橋を酒を求めて闊歩した私が、この世界で取り残される事になるとは想像だにしなかった事だ。 それは新しい注文システムだった。 現役の皆さんは間違いなくご存知だろうが、飲み歩きや喫茶店で一休みの世界からですら足を洗った身としては知りようがない。
席に着くといきなりQRコードのついたレシートみたいな紙を渡された。 何をするのかと思ったら、メンバーの最若手の60代初頭の友人がスマホでQRコードを読み込んだ。 するとその飲み屋のWebsiteの我々のテーブル専用の注文ページが開いた。 すべての注文は、その自分のスマホからすると言うのだ。 なんたる事だ。 唖然としてしばらく信じられなかった。
しかし味気ない。 「お銚子1本!」とか「焼き鳥3本!」と注文できないのは、実に風情も人間味もなく、美味しさまで損なわれる感じがする。 素直に酔えない! 「食べる物自体は同じなんだから、どうだっていいだろう」と言う考え方で「合理化」するお店側の都合だけでなく、お客側も「その方が気楽で便利」と言う事なのだろうか。 今の時代、飲み屋の注文だけでなく、色々な事で合理化・便利化が進められ、人間の介在を省いて人間味を失って行く物があまりにも多い。 私にはちっとも良い事だとは思えない。 たかが飲み屋の注文ではあるが、そんな事を考えずにはいられなかった。
前回の反省があるので、酒は手酌で通し、努めてローペースで身体の反応を確かめながら飲んだ。 昔はどんなに飲んでも酒で酔いつぶれたり記憶をなくした事はなかったのに、今は「さぁ酔っぱらえ!」と胃袋を無限大に開放して、時間の許す限り何も考えずに酒を胃袋に放り込めなくなったのは実に寂しい。 「勢いで飲む酒」が豪快で楽しかった。 何も考えずに酔っぱらう為に飲んでいた酒が、今や味わって飲む酒に変わってしまった。
しかし、「飲み放題付のコース料理で2時間制限」と言うのは若者向きだった。 飲み放題の「の」の一文字分しか飲まずに2時間が経過してしまった。 「全く元を取らない」お店からすると大歓迎の良いお客になってしまった。 来年は更に全員歳を重ねるので、同じ轍を踏まないように「飲み放題付」コースは極力回避したい。
「飲んだくれた、あの頃は何処へ ― QRコードの酒場で」への1件のフィードバック