もったいないことをした

自分が手にしていたかけがえのない幸せに気づかずに、他の世界に目を奪われ、いたずらに多くの時間とエネルギーを費やしてしまう。傍から見たら「もったいない」生き方をしているということは、案外よくあるのではないかと思う。   映 … 続きを読む

ストレスを抱えているのか、考え続けているだけなのか

私の従妹の父は、一代で町医者から大病院を築いた偉大な医者だったが、九十九歳まで健康なまま人生を送った。 晩年は息子に病院の実務を任せ、自分は第一線を退き、毎日病院の一室に設けた自分の「研究室」で興味を持ったことを研究した … 続きを読む

その老人は私だった ―― 過去の姿を譲らない老兵

病院で診断を受けたあと、処方箋を持って隣の薬局に行った。大病院なので混みあった薬局の待ち時間は一時間にも及んだ。 いくつもある薬の受け渡し窓口の前には椅子が並び、数十人の患者が自分の番を待っていた。   平日ということも … 続きを読む

ハラハラさせる「ハラハラ」

「セクハラ」という言葉が世に登場して久しい。もう三十年以上も前の話だ。大きな声では言えないが、個人的には「何を大袈裟に・・・」といぶかっていた。   女性から訴えられるようなことはしていないという自信があっても、それでも … 続きを読む

もうひとつの二十二歳 ―― 同じ歌を前にして

毎朝三時台に床を離れる私は、ふと目が覚めて二時台だったりすると、小さな音でラジオをつけて再び眠りに落ちる。CMがうるさくて苦手なので、テレビもラジオも基本はNHKだ。 今週の「ラジオ深夜便」の三時台は、谷村新司の歌の特集 … 続きを読む

人はなぜSNSの偽情報に惹かれるのか

いつもSNSに張り付いている友人が、そのとき愛知・名古屋で開催中であった「第20回アジア競技大会(アジア大会)」について、LINEでこんなメッセージを送ってきた。   「中国企業が運営して、凄いことになっている様な話を聞 … 続きを読む

私は今日も空を見上げている

私は大の天文ファンである。かつては天体観測だけでなく、天文物理学にも惹かれ、素人の及ぶ範囲内ではあったが、その真理を探ろうとした時期もあった。   星空を仰いでいるときは、地球上で起こっているさまざまな不快な出来事が頭の … 続きを読む

左手には左手の音楽がある

脳内出血で右半身に麻痺が残りながらも、左手だけの演奏で復帰した世界的ピアニスト、舘野泉(たての いずみ)さん。 ジストニアによって右手が不自由になった後、左手のためのピアノ音楽の普及活動を続けながら、自らも演奏活動を続け … 続きを読む

誕生させる者に課せられた、産みの苦しみ

男の私が、世の中の女性を偉大だと思うのは、苦しみを厭わずお産に立ち向かおうとする、強い決意と勇気である。 それは、男には想像することはできても、決して身をもって知ることのない、命を懸けた体験なのだろう。   妻が初めての … 続きを読む

警察無線の向こうに見たアメリカ

けたたましいサイレンの音が近づき、また去っていく。それも一台や二台ではない、何台もの緊急車両が家の前の広い道を走り抜けていく。 あまりに台数が多いので、二階の階段脇の窓を開けて道路の方を覗いた。   赤灯をつけたパトカー … 続きを読む

「道」を追い、「未知」に憧れる

人生を生きてきたらこそ抱くようになった、来世の夢がある。   私は三十年ほど前から、「来世ではジャンボ機の国際線パイロットになる」と決めて生きてきた。 しかし最近は、それを上回る夢が芽生え、私の心を揺さぶるようになった。 … 続きを読む

我が家に雷が落ちた日

私は我が家への被雷経験がある。 もう二十年くらい前の話である。我が家に雷が落ちた。 落ちた場所は庭に建てたアマチュア無線の鉄塔のてっぺんだった。 そこにはまるで避雷針のような長さ3メートル近いUHF帯の垂直無指向性アンテ … 続きを読む

解明を通して世界を知り、創作を通して自分を知る

解明することと創作することは、一見するとまったく異なる行為に見える。   解明とは、自然や社会に隠されている事実や法則を明らかにすることであり、創作とは、新しい作品を生み出すことである。 前者は真実を探究する営みであり、 … 続きを読む

世捨て人になる

私は自由奔放に生きてきた割には、世の中の不条理に腹を立ててしまう性分である。日々のニュースで報道される、世界のリーダーたちの人間として腐敗し切ったとしか思えないような姿には辟易とさせられる。   世界大戦終結が遠い過去に … 続きを読む

故郷という場所

誰にも懐かしい故郷という場所があるだろう。そこに身を置くだけで心が安らぎ、離れて暮らしていても折に触れて思い出す。そんな特別な場所だ。   私は大分県別府市で生まれ、東京の田無市で過ごした後、三歳のころに東京の練馬へ移り … 続きを読む

こんなに可愛かったのに ―― 時を経て気づいた、あの頃の幸せ

私は長い間、自分がどれほど恵まれていたかに気づかずに生きてきた。結婚し、二人の子どもに恵まれたことも、当時はごく当たり前のことのように受け止めていたのである。 結婚してすぐ、立て続けに長女、そして長男を授かった。何の苦労 … 続きを読む

人は創らずにはいられない

ペンを執って文章を書く。筆をとって絵を描く。五線譜を埋め曲を作る。カメラを構え写真を撮る。 こうした行為は、何かを創り出そうとする営みである。多くの人がそのことに熱中し、自分の感性を絞り出しながら、少しでも納得のいく作品 … 続きを読む

知恵を手にした人類が向かう先

庭の鉢植えの花に小さな蜂が何度も止まっては離れ、また別の花へと飛んでゆく。一生懸命蜜を探し、命をつないでいるのだろう。 生き物は今も昔も変わらない。生きるための営みを淡々と続けている。 そんな蜂の姿を眺めていたとき、ふと … 続きを読む

道路の先の廃屋

私の住む飯能市では、新しい道路が次々と造られている。そのなかでも、私が開通を心待ちにしているのが、全長4キロメートルの新しい道路である。両側にはゆったりとした歩道が整備され、完成すれば市内の交通の流れも大きく変わるだろう … 続きを読む

「まぁいいや。なんてことはないんだよ。」

私にとってバイブル的存在である山田洋次監督の「男はつらいよ」は、単なる娯楽映画ではなく、人間として生きる上での大切な教えに満ちている。その教えを挙げ始めたら、羅列するだけでもひとつのエッセイには収まりきらないだろう。   … 続きを読む

曼殊沙華と姉の影

自宅のすぐ近くを流れる入間川の両岸に曼殊沙華が咲き乱れていた。 台風一過で水量が増し、濁った水が勢いよく流れていたが、両岸の花々は呼吸を揃えながら初秋の歌を奏でているようだった。   私の住む埼玉県飯能市には曼殊沙華の名 … 続きを読む

熱く燃えた季節、灰に残る微熱

私がスペインで「人生を謳歌する」というラテン世界の生き方を学んで帰国した1985年の冬、小林旭の『熱き心に』がリリースされた。   旅先の四季折々の姿に、熱い想いを寄せたまま別れた女をなつかしく想い焦がれる気持ちを重ねて … 続きを読む

休む国と働く国

今年2026年の9月は、11年ぶりに「シルバーウイーク」と呼ばれる大型5連休が成立した。さらに8月も、有給をわずか2日加えるだけで9連休となる暦の並びで、今年は「連休の当たり年」とさえ言われている。 こうした連休の増加は … 続きを読む

見つめ続けた父、向き合わなかった息子

「親孝行したい時に親はなし」というが、親が健在なうちは、孝行どころか、親に向き合い真剣に理解しようと考えたことすらなかった。 そのことに気づき、もっとも大切な存在に正面から接することなく見送ってしまった自分の不甲斐なさを … 続きを読む

無言の意思表示

今年も遠方から、秋の訪れを知らせる果物が届いた。 長野の小海町の知人から送られてきた、地元の特産品である「プルーン」だ。 つい先日、佐賀の親戚から届いた「梨」、大分の親戚からの「カボス」と共に、秋の到来が近いことを実感さ … 続きを読む

心を揺らした小惑星の影

かつて天体観測に情熱を燃やした私が、過ぎ去った日々を思い起こし、気持ちが揺れ、心が静まるまで時間を要したテレビ報道があった。 それは、全国の200人ものアマチュア天文家たちが協力して行った観測プロジェクトの話であった。 … 続きを読む

和解の時間は生者にしかない

生きていく間には、周囲の人間とのいさかいは避けられない。くだらないこと、重さのあること、価値観に関わることなど、その性質と深さは様々だ。   最後まで折り合いの悪かった亡くなった姉のこと。 若くして亡くなった職場の同僚と … 続きを読む

身体に残っていた「絹束」

普段散歩で歩くときに、油断をすると靴の底を「ずっ、ずっ」と擦る音を立ててしまう。脚を持ち上げる力が落ちてしまう、加齢の典型的な現れである。あわてて周りを見回して誰も聞いていなかったことを確認する。 意識していれば起きない … 続きを読む

多くの作品を貫いたサブストーリー

私には人生の中で一貫して追いかけてきたものと、波のように押し寄せる対象を、刀で切り進むように逃さず掴み、骨まで味わい尽くし、最後には骨だけを置き去りにしてきたものがある。 もちろん、どちら敵ではなく、惚れ込んだ対象である … 続きを読む

地球を塗り替える「大移動」

大分の親戚から箱いっぱいのカボスが届いた。毎年頂いているとても楽しみな贈り物だ。その香り高い果実は、絞って焼きサンマにかければ夢心地だ。このためにカボスがあるのではないかと思うほどの、涙が出そうな味のデュエットだ。 絞っ … 続きを読む