人間の記憶というものは、つくづく不可思議で、しかも容赦がない。
とりわけ夢の記憶の脆さは顕著だ。目覚めた直後には鮮明だった映像が、布団から足を下ろし、トイレへ向かう数歩のあいだに、砂が指の隙間からこぼれ落ちるように薄れていく。
忘れたくない夢ほど、消えていく速度は速い。私は電気を点けず、暗闇の中で目を閉じ、夢の残滓に手を伸ばすようにして思い出そうとする。しかし、ほとんどの夢は、ついさっきまで確かに存在していたはずなのに、跡形もなく消え去ってしまう。
夢は睡眠中の特殊な脳状態で生じるものだから、記憶が不安定なのも理解できる。
だが、より不可解で、そして情けなく感じるのは、起きて正常に活動しているときに起こる記憶の消滅だ。それも、「これだけは絶対に忘れまい」と自分に言い聞かせた思いつきが、予感した通りに消えてしまうときである。
消えゆくひらめきの「痕跡」
日常の中で、「そうだ、これをエッセイに書こう」と思う瞬間がある。その瞬間、私はほぼ例外なく「これは絶対に忘れる」と直感する。過去に何度も同じ経験をしてきたからだ。
対策はいくつも試した。小さな手帳とペンを買い、常に携帯してメモを取ろうとした。しかし、こうした作業を習慣化することは、私にはどうしても続かなかった。結局、メモしなかった思いつきは例外なく消え去る。
次に試したのは、傍らにいる妻に「この話を覚えておいてくれ」と頼むことだった。しかし、この試みもやはりうまくいかなかった。人は、自分の関心の外側にある情報を保持しづらい。だから、妻に頼んでも記憶は残らなかった。
最終的に、私にとって最も確実だったのは、朝から晩まで向かっているパソコンに頼る方法だった。
外出時には難しいが、それでも思いついた時は頭の中で「その内容を連想できそうな一語」を何度も繰り返し、パソコンの前に駆けつける。そして新規ファイルを開き、冒頭にその一言を素早く打ち込む。体裁はどうでもよい。とにかく「痕跡」を残すことが重要だ。「名前を付けて保存」を選べば、その言葉の一部がファイル名となり、作文フォルダに並ぶ。
いくつかは何週間も放置されるが、多くの場合、後日必ず花を咲かせる。そのファイルを選んで開けばすぐにそのまま執筆が開始できる。
私は苦手だが、スマホをいつも肌身離さず携えていてすべてスマホで解決している人ならば、スマホで同じ操作をすればさらに便利だろう。
関心の違いが生む記憶の偏り
歳を重ねると、記憶力そのものが確実に低下していく。これは誰もが経験することだ。加齢による記憶力の低下は、事態をいっそう複雑にしている。
そのような中で興味深いことは、記憶の「傾向」が人によって大きく異なる点である。
先日話をした親しい友人が、二十年前の出来事を鮮明に覚えていた。私が、「彼と共通の知人に招かれ、地元で一番美味しいと評判の店で鰻をご馳走になったが、そのとき自分は自宅で一人、飲み物を口にしていた」という話だ。
私にはまったく記憶に残っていない、遥か昔の話なので驚いた。
よく考えると、彼は日頃から価値の序列に強い関心を持つ人物だ。所有物のブランドや評価にもこだわりがある。
その領域は、私にとってほとんど関心がない。だから私の記憶の棚に、その種の出来事が残っていることはあまりない。
人は、関心のある領域に記憶資源を優先的に配分する。彼にとって「損得」や「評価」は最も重要な価値基準だということが、改めて浮き彫りになった出来事であった。
脳のメモリー領域の使い方 ―― ROM と RAM
私は限られた脳のメモリー領域を、「記憶の保持」よりも「計算と探索」に使っているのかもしれない。過去を丁寧に保存するより、新しいことに首を突っ込みたい。確かに、私の人生は常にそうだった。
パソコンのメモリーにはROMとRAMがある。
ROM(Read Only Memory)は、電源を切っても内容が消えない読み出し専用で、それは「人生で深く刻まれた記憶」や「価値観」に近い。
RAM(Random Access Memory)は、電源を切ると消えてしまうが、処理速度は速く次々に新しいデータを処理できる。それは「思いつき」「夢の記憶」「その場の印象」に近い。
目覚めて数歩歩くと消える夢は、RAMの電源が落ちる瞬間に似ている。「これを書こう」と思った瞬間のアイデアは、RAMに一時的に置かれたデータだ。保存しなければ消える。新規ファイルを作り、一言でも打ち込む行為は、揮発性の領域に置かれたデータを保存領域へと書き込む行為にほかならない。
どうやら私の脳のメモリーは、ROMよりRAMを広く使う設計になっているらしい。
過去を保存するより、新しい計算を走らせることにメモリーを優先的に投じる。だから思いつきは揮発しやすいが、その代わり次の思いつきがすぐにやって来る。
私の人生が常に新しい領域へ首を突っ込んできたのは、この設計に導かれていたからなのかもしれない。
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