残す物・手放す物

私の叔父の一人は、確か九十七歳になる。叔母を早くに亡くし、ずっと一人住まいを続けているが、大のツバキ好きだ。趣味が高じて日本ツバキ協会の副会長を務めている。叔父はツバキの新花育成の第一人者で、十件もの新花を登録し、注目を集めている。

元銀行員だった叔父は、退職後こんな素晴らしい境地に生き、成果をあげてきた多彩な人だ。

 

十種あるツバキの中に「節」と名付けた新花がある。これには叔父のひとかたならぬ思いが込められている。先に旅立った叔母の名、「節子」から取ったものだ。

 

その叔父が近年心を痛めてきたのが、植えて育てた三百本ものツバキの行く末だった。もう自分の命は幾らも残されていない中、育ててきたツバキを放置することはどうしてもできない。未来永劫人々の目に触れる寺社をあたったが、その量の多さに、全てを一括して引き取ってくれるところを見つけるのは簡単ではなかった。それが最近やっと見つかったそうだ。近県のお寺で、他の花でも名所になっているところだという。

たったひとつ、「節」だけは、協会のこれから長い間丁寧に面倒を見てくれそうな方に託したそうだ。


古希を超えると多くの人が終活を考える。平均寿命からしたら、早ければあと一回りでこの世に別れを告げなければならないからだ。

終活の第一歩は「身辺整理」である。特に自分でなければ残された家族が処分に困るようなものは優先的に考えていくだろう。

 

私はまず、アマチュア無線の高さ25メートルの鉄塔と、その上に搭載したアルミパイプで作った巨大なアンテナの撤去から手をつけた。

同じ無線仲間で昔から付き合いのある専門業者に依頼して、クレーン車で丸一日作業して片付けた。続いて、部屋の中に並んだ無数の無線機とアンテナ資材などの処分をした。これにはトラック二台が必要だった。

金額にしたら相当なものになったと思うが、その専門業者の方には長年お世話になったので、お礼のつもりですべて差し上げた。

 

次に、最後に手掛けたタイムラプス撮影事業で使った多数のプロ用撮影機材の山があった。高価な物が多かったので、これは手間暇かけて中古で販売処分をすることになった。

 

フォトグラファーとしての事業を廃業してちょうど一年経ったとき、手元には専門性の高い特殊機材以外はもうほとんど何も残っていなかった。

 

趣味のものも、仕事のものも、すべてが私の手から消えた。人生で初めて体験する状態だった。

私は手元からすべてをなくしたが、

叔父が寺に手塩にかけて育てた三百本のツバキを託したように、私はYouTubeに二百本近くのタイムラプス作品を残している。

 

心はとても穏やかになった。


そして、私は思いもしなかった行動に出た。

新たにカメラを購入したのだ。

 

仕事では十台近くのプロ機材を販売処分したのだが、タイプラプス撮影だけでなく広い用途で使える最新鋭の機能を持った一台が欲しくなった。

もう仕事ではない、私の人生の余白で遊ぶカメラだ。

自分が最後はこの道で人生を切り開いたという、フォトグラファーの心意気みたいなものが私を衝き動かした。

 

今、手元にそのカメラがある。

仕事ではアルミトランクやペリカンケースに突っ込んであちらこちら走り回っていたが、そのカメラは蓋のついた透明なプラスチック展示ケースに入れて、部屋の棚に鎮座している。

 

そのカメラは、私の人生の余白に静かに灯る、小さな祈りのような存在になった。

 

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