人生で一生かけて何を目指すべきだったのか。自分は何を目指して生きてきたのか。そして、その結果としてどのような足跡を残せたのか。それは成功だったのか、失敗だったのか。
これらは、人間にとって極めて重要な問である。しかし、同時に、評価することが非常に難しい問でもある。
私にとって偉人とは、会社で出世を重ね、ヒエラルキーの頂点に到達した「偉くなった」人のことではない。
人のやらなかった何かを成し遂げた人、世のため人のために寄与した人、あるいは人類の限界に挑み、それを更新した人のことである。
「人力だけで世界一周の旅に出て、すでに25年経ったがまだ日本に戻る旅の途中」という、群馬出身の岩崎圭一さんはその典型的な例だ。
彼は2002年、下関から釜山渡り、そこから人力による世界一周の旅を開始した。すでに世界83か国、12万キロを自転車・徒歩・手漕ぎボートだけで走破している。
行く先々で大道芸マジックを披露し、投げ銭だけが収入源として旅を続けた。
2005年には海抜0mからエベレスト山頂8,848mまで徒歩のみで登頂し、その直前には、インド北部の気温50度のタール砂漠2,200キロをママチャリで走破した。2023年には大西洋を3ヶ月かけて手漕ぎボートで横断するという快挙を成し遂げた。
長年にわたる彼の挑戦は世界中に知れ渡り、メディア出演、講演、著書(日記などを出版社が編集)出版、ドネーションやスポンサー支援が彼の下に寄せられ続けた。
現在はサンフランシスコから日本へ向けて手漕ぎボートでの太平洋横断の準備を進めている。
28歳で出発した旅は、気づけば25年を経て53歳となり、人生の最盛期すべてを捧げた「生き方そのもの」になった。
彼は直接的に人のために尽くしたわけではない。しかし、世界中の人々に「旅が人生になったひとりの男の姿」を示し、深い感動を与えてきた。
これは紛れもない偉業であり、それを成し遂げた彼は偉人と呼ぶにふさわしい。そして、これほどの経験を得られた彼は、ある意味で世界一の幸せを手にしていると言えるのかもしれない。
※ 岩崎さんはFacebookのチャンネルを公開しており、その活動の様子を知ることができる。
偉業は身体的挑戦だけではない。芸術の世界では、感動を極めることで人々の心を揺さぶり、意欲やモチベーションを与える偉人がいる。
技術開発の世界では、社会の進歩に寄与する無数の功労者が存在し、私たちの身の回りの便利なものは、そうした人々の偉業の積み重ねによって実現している。
一方で、金や名誉、欲望のためにしのぎを削って生る人も多い。
しかし、どのような生き方をしてきたとしても、人は必ず人生を振り返り、あるべき姿と、自分の姿を比べる時が来る。
その二つの姿が重なって見える人は本当に幸せな人だ。
私自身は、既存の価値観や制度に縛られない世界で、良くも悪くも自分にしかできない生き方を目指して生きてきた。そして小さくとも価値ある足跡を残せたと感じている。
しかし、本当にそれで良かったのか、一生かけて目指したものがそれで良かったのか。もっと大切なものが他にあったのではないかと考えると、答えは分からない。
偉人とは他人が決めるものであり、自分で決めるものではない。
そう思うと、もっと別の生き方があったのではないかという思いが、静かに胸の中に残る。
