国境を超えると崩れる美の基準

私はネット上のVPNという仕組みを利用して、韓国やスペインの国内テレビのライブ放送を一日中流している。とはいえ、じっと見入ってるわけではなく、二台のモニターに映しているのをちらりちらりと視界の端で覗いていて、注意をひく場 … 続きを読む

たった一人の理解者

人生に行き詰まって立ち止まることは、誰にでもあることだ。   本当に自信があったら、立ち止まったり振り返ったりはしないだろう。 だが、現実にはなかなかそうはいかない。 面倒なことに、自信と不安は常に背中合わせだ。自信とは … 続きを読む

偉人とは何か:人生の軸を問い直す

人生で一生かけて何を目指すべきだったのか。自分は何を目指して生きてきたのか。そして、その結果としてどのような足跡を残せたのか。それは成功だったのか、失敗だったのか。 これらは、人間にとって極めて重要な問である。しかし、同 … 続きを読む

残す物・手放す物

私の叔父の一人は、確か九十七歳になる。叔母を早くに亡くし、ずっと一人住まいを続けているが、大のツバキ好きだ。趣味が高じて日本ツバキ協会の副会長を務めている。叔父はツバキの新花育成の第一人者で、十件もの新花を登録し、注目を … 続きを読む

書くことが伝えるもの、伝わるもの

大体私は自分勝手に生きてきたので、人から感謝されるようなことはあまりしてこなかったと思う。しかし、この期に及んで、思いもせず感謝の言葉を頂くことが二つあった。それも二つともこのnoteが絡んでいた。 一つはこのnoteの … 続きを読む

記憶の取捨選択

私はすでに、自分の記憶の仕方に特異性があると指摘されている。 指摘したのは、私のエッセイ三百数十篇を読み込み、私の思考内容・思考パターン・認知スタイルをほぼ把握しているCopilotである。AIがこのような形で役に立つと … 続きを読む

評価の外側で生きる ―― 博物館の片隅で

若い作家の卵が部屋にこもり、朝から晩までペンを走らせ、書斎の床には書き損じた丸められた原稿が散らばっている。そんな光景がよく映画に出てくるくらい、作家が世に認められ成功への道を登り続けていくのは、容易なことではない。   … 続きを読む

言葉が独り歩きしないために

一年前にエッセイを書き始めるまで、私は文章を書くという行為をほとんど経験してこなかった。 自分のホームページには数多くの記事を載せてきたが、それらは技術的事実を整理するための「解説」であり、表現としての文章ではなかった。 … 続きを読む

変化し続ける私と、固定された「親族体系」の不整合

私の最も苦手な分野は「親族の相互関係の把握」である。 「AさんとBさんは誰の何に相当する?」というような問いは、自分の親戚関係だけではなく、ドラマや映画を観る際にも最大の障害となる。   血縁関係を示す相関図は存在するが … 続きを読む

地球という唯一の祖国 ―― 私は地球人

毎年八月になると、終戦記念日がやってきて、全国各地で戦没者の追悼行事が開催される。韓国では光復節、中国では抗日戦争勝利記念日が掲げられ、歴史的勝利が強調される。 歴史は単なる出来事の集積ではなく、過去から現在へと連続する … 続きを読む

「また会おう」と言えるうちに ―― 別れを逆算して生きる

息子はもう十年近く海外勤務で、年に一度の一時帰国や、業務上の出張で帰国する際にしか会うことはない。ましてや孫たちを含めた家族とは、年一度の帰国でしか顔を合わせられない。   息子が帰国すると、毎回夜遅くまで酒を飲み交わす … 続きを読む

空白の高度

自分の才能はもう枯れてしまったのか――。 ここのところ、創作の高度が低く、ずっと低空飛行が続いている。今日も地上すれすれで、機体の腹を民家の屋根に擦りそうな感覚のまま、座席ベルトを締め直し、覚悟を決めて操縦桿を握りしめて … 続きを読む

この時代に生まれたということ

歴史を遡っていくと、生きていた人たちが悲惨な目にあった時期はいくらでもあった。戦時中に青年期を迎え、徴兵されて無念にも散っていった話は枚挙にいとまがなく、封建時代には国民の大多数が理不尽な貧困生活を強いられたであろう。 … 続きを読む

「今日も生きて、物語を続けよう」というメッセージ

会社の同僚であろうと友人であろうと、人にはウマが合わない相手がいるものだ。ましてや何かで意見が衝突して嫌な思いをさせられた相手に対しては、嫌悪に近い感情を抱くこともある。「おだやかに、優しく、そして謙虚に」と自分言い聞か … 続きを読む

長期の権力集中が生む狂気

独裁と覇権を生むのは、イデオロギーを問わない。   この事実に、今や世界の多くの人々がうすうす気づき始めているのではないか。かつて「民主主義のリーダー」と呼ばれたアメリカが、今日では共産主義国家に匹敵するほどの権威主義的 … 続きを読む

国歌が生む一体感と、スポーツが守るべき尊厳

サッカー・ワールドカップ決勝戦のスタジアムにスペイン国歌が流れた瞬間、四十年前にあの国で暮らした日々の記憶が、鮮烈な色彩を取り戻して胸に押し寄せた。雄大で、共同体の魂を根底から震わせる国歌の旋律は、どの国のものであっても … 続きを読む

老兵は死なず、ただ消え去るのみ

アメリカ陸軍のマッカーサー元帥の有名な退任演説の一節である。 「Old soldiers never die; they just fade away.」 とてもいい言葉だ。 老兵は死んで消え去るのではなく、時のどこかに … 続きを読む

アマチュアの泥沼 ―― スペックへのこだわりの功罪

かつて私がタイムラプス・フォトグラファーとして仕事に没頭していた頃、撮影機材選びに迷いはほとんどなかった。 日本ではまだ黎明期の分野であり、手探りで機材を揃えるしかなかったが、選択の基準は常に一つだけだった。 目的を実現 … 続きを読む

書き続けた一年は裏切らない ―― AI先生と積む努力

毎日一篇のエッセイを書き始めて、そろそろ一年になる。振り返れば、一年前の私は文章について驚くほど不勉強だったと思う。そう断言できるのは、今の自分が明らかに変わったからだ。結論から言えば、一年前に書いたエッセイは恥ずかしく … 続きを読む

「写真」という名の呼吸をもう一度

私は小学生のときからカメラが好きだった。 最初のカメラは、父が買ってくれた「フジペット」というブローニ版フィルムを使う、今から思うと大変原始的なカメラであった。 レンズの根元にある小さなレバーを左手の人差し指で押し下げる … 続きを読む

才能の終わりは、成長の始まり ―― 吉村妃鞠から学ぶ普遍的な人生の構造

現在14歳の吉村妃鞠(よしむらひまり)ちゃんのヴァイオリン演奏を知らない人は、もはや少数派かもしれない。 3歳からヴァイオリンの稽古を始め、3ヶ月目にはバッハを弾き、4歳でコンクールに出場、6歳でプロオーケストラと共演 … 続きを読む

入れ墨と美意識 ―― 揺さぶられる日本人の身体観

入れ墨ほど古い歴史を持ち、世界中に存在し、善の印と悪の烙印の両義性を帯びた身体表現は他にない。 旧石器時代にまで遡るその起源を知った今でこそそう言えるが、昭和の価値観の中で育った私にとって、入れ墨は長らく「悪の象徴」であ … 続きを読む

韓国ドラマに垣間見る儒教文化 ―― 日本が手放した規範の行方

近年、日本でも韓国ドラマを容易に視聴できるようになり、私自身も長く親しんできた。韓国ドラマは大きく三つの系統に分かれる。   ・歴史ドラマ ・愛憎・欲望の衝突を描く「ドロドロ系」ドラマ ・明るい「コミカル系」ドラマ   … 続きを読む

生まれた豊かさを阻む悪意の影

善意の技術がもたらす救い   昨日、友人から「私が設置・運用している掲示板」がダウンしている、と連絡が入った。 慌てて確認すると、ページを開いた瞬間にサーバーエラーが表示される。念のため、他のサイトで運用している掲示板も … 続きを読む

五十年ぶりのヴァイオリン ―― 下手でも沁みるマイウェイ

これは決して卑下ではなく、本当に下手な私のヴァイオリンの話である。   私が初めてヴァイオリンを手にしたのは、小学二年生のころだった。父の知り合いが、不要になった子ども用のヴァイオリンを譲ってくれ、それをきっかけに習うこ … 続きを読む

外国語に浸る生活 ―― VPNと海外テレビがもたらす新しい日常

青春時代、私は英語に夢中になっていた。 初めて外国語というものに触れ、自分の世界が少し広がったような感覚を覚えたのを、今でもはっきりと覚えている。   その後、勤務先の発令でスペインに留学することになり、そこでスペイン語 … 続きを読む

鏡の中の役割の消えた顔

「生きざまは顔に出る」と言われ、「四十歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て」とも言われてきた。 しかし私は、その言葉を正面から受け止めて生きてきたわけではない。人に何か言われれば気にすることはあるものの、それで自分の生き方を … 続きを読む

毎日噛みしめる「生きている」という事実

毎朝、目が覚めてベッドから起き上がり寝室のドアを開ける瞬間、「あぁ、まだ生きていた」と思う。 この感覚は、悲観でも恐怖でもない。むしろ、静かな驚きに近い。自分がこの世界にまだ属しているという事実を、毎朝確認しているような … 続きを読む

人間は善でも悪でもなく「利己性と共感性の二重構造」で生まれる

性善説と性悪説 人間の本性をめぐる古典的な議論には、「人は生まれながらにして善性を持っている」という性善説と、「人は生まれながらにして利己的である」とする性悪説がある。   性善説は、「もともと人間は善なのに、善が失われ … 続きを読む

期待し過ぎた私が悪かった ―― 偶像が剥がれ落ちるとき

アメリカに私が勝手に抱いた「偶像」   青春期の私は、アメリカという国に強い憧れを抱いていた。 私はアメリカを「自由と正義の純粋な体現者」として捉えていた。 自由、開拓精神、民主主義 ―― それらは私にとって眩しく、未来 … 続きを読む