私は小学生のときからカメラが好きだった。 最初のカメラは、父が買ってくれた「フジペット」というブローニ版フィルムを使う、今から思うと大変原始的なカメラであった。 レンズの根元にある小さなレバーを左手の人差し指で押し下げると、内部のバネがわずかに震え、次に右側のレバーを押した瞬間、「カシャリ」という音とともに、目の前の世界が小さな箱の中に吸い込まれていく ―― その感覚に、幼い私はすっかり魅了された。
懐かしい「フジペット」
やがて十二歳になった私は、果敢にもそのカメラを分解した。レンズを外し、代わりに桐の小箱を取り付け、その先端に、やはり父から買ってもらったおもちゃの三段伸縮式・地上望遠鏡を取り付けた。 できあがったものは、「自作月面写真撮影用カメラ」であった。
そしてそのカメラは見事に満月の姿を写してくれた。
観測ノートと写真
夜気の冷たさの中で、息を殺してシャッターを切ったとき、ファインダーの中の白い円が、現像されたフィルムの上に確かに刻まれていた。そのときの驚きと高揚は、今でも鮮明に思い出すことができる。
この天体写真撮影以来、私の人生はいつもカメラと一緒だった。 この半世紀のカメラ技術の発展には目を見張るものがあり、私の何台ものカメラ遍歴は、そのままカメラ技術発展の歴史でもあった。
私は、いわゆる「機材マニア」ではなく、「撮影マニア」である。 仕事・プライベートを問わず、機会がある限り常に写真を撮り続けてきた。シャッターを切る行為そのものが、私にとっては呼吸の延長のようなものだった。
それが大きく飛躍した機会が二度あった。
最初の機会は、四十代半ばに、かつての「天文熱」が再発・大爆発したときである。
多忙なサラリーマン生活の中で、ふと夜遅くに見上げた冬の星空が、少年時代に満月を撮影した記憶を呼び覚ました。冷たい空気の中で瞬く星々を見ているうちに、「もう一度、あの光を自分の手で捉えたい」と思うようになった。それが、手の付けられない大散財にもつながった、趣味の軌道逸脱の始まりであった。
庭に天体観測室を建て、高価な望遠鏡や撮影機材を設置した。夜明けが迫る中、数時間もシャッターを開いたまま望遠鏡で覗く遥か彼方の銀河を撮り続け、東の空がわずかに白み始めるころ、あわてて観測室の天井を閉じてベッドトに飛び込んだあの生活が、私の日常の一部になっていった。
望遠鏡の接眼部に取付けた冷却CCDカメラ
たまたま近くにあった天文機材ショップの社長が心配して、妻に謝罪しに来たくらいである。確かにそれだけのことはあって、当時としては誰もが目を見張る天体写真を多数撮影することができた。
二つ目の機会は、退職後、独立してタイムラプス撮影事業を始めたときであった。
サラリーマン生活で稼いだ金を「浪費」するだけであった「写真撮影」を転じて、新たな分野で事業として挑戦する機会となったのである。
仕事となれば、機材は量・質ともに半端では済まない。 始めのうちは、稼いだ金はほとんど機材に再投資されたと思う。とにかく無我夢中であった。
夜明け前の山頂で、凍える指先で三脚のネジを締め直し、風に煽られるカメラを押さえながら、太陽が地平線から顔を出す瞬間を何時間も待つ。 街の高層ビルの屋上で、夜通しカメラを回し続け、ビルの灯りが一つずつ消えていく様子を見守る。 そうした身体的な時間の積み重ねが、十二年間の事業の実感であった。
大型スライダーでカメラを移動しながら日没の過程を撮影中
十二年間突っ走って、昨年廃業して現役引退をした。 山のようになった機材の中から、プロ用のデジタル一眼レフカメラやビデオカメラなど合わせて二十台近くあったと思うが、業者に来てもらってすべて買い取ってもらった。
また、開発した長期タイムラプス撮影装置十台あまりにも同様の一眼レフカメラが内蔵してあったが、これもシステムを継承したいと申し出てくれた映像撮影事業者に売却した。
それで、私は「引退するという、一種寂しさを伴う気持ち」の整理がつき、吹っ切れることができた。
あれから一年、私の手元に残っているのは、小型の特殊撮影用カメラと、十三年前に滞在していたフィジーでタイムラプス撮影の第一歩を踏み出したときに購入した中古のAPSサイズ一眼レフカメラだけになった。
もはや、目の覚めるような映像を手にすることはできなくなり、ウェブサイトに残した作品ライブラリを懐かしく眺めることだけになってしまった。
一度映像の世界で達成感を多少なりとも味わった後で、「仕事ではなく、趣味で写真を撮っても、今さらどうする?」と考えると、もう私にはスマホで撮る映像だけでいい、と自分に言い聞かせてきた。
しかし、私の写真とのかかわりの歴史を振り返ると、その考えが崩壊するのは時間の問題だった。
「写真」が常に私の命とか息づかいとして一緒に生きてきてくれたのなら、最後は「おだやかな喜び」として、何か良いカメラが一台、私の手の中に収まっていてほしいと思うようになったのである。
決定打になったのは、孫のダンスの発表会でのことだった。私は、唯一手元に残っていた小さな特殊用途のカメラを持ち出し、動画を撮ることにした。険しい山道を歩きながらビデオ撮影する為のカメラなので、明るい舞台照明で明暗差が激しいステージでの撮影には不向きであることは想像ができた。実際、撮影した動画は酷いものだった。娘が横で高級スマホで撮影したものの方がよっぽどマシだったのだ。親の面目丸つぶれの私は、これで火がついた。
そうなれば、「蛇の道は蛇」である。以前のような、ごっつく重たいプロ用一眼レフカメラではなく、のミラーレス一眼カメラに、使い慣れた広角~100mm超のズームレンズを組み合わせたものが、私の目を強く惹いた。
再び手にしたカメラ
ふらっと出た旅先で、目を捉えた美しさを何の目的もなくシャッターを切る。その何気ない一枚が、私の人生の静かな余白をそっと照らしてくれる ―― そんな光景を、具体的に思い描くようになった。
生活必需品ではない、高額な贅沢品の買い物なので一ヶ月近く悩んだが、それでもほしいと思ったので、思い切って購入した。
二年前に終活を断行し、私の周りに溢れ腐っていた「趣味の道具」をバッサリと処分してからは、物を買うことを一切やめ、物質世界より精神世界を大事にするようになった。私の人生の中では極めて大きな変革であった。
だから、購入のボタンをクリックした途端、身軽になった私の心の中に「ずしり」と感じるものがあった。
しかし、それでも「これだけは」買って良かった、と思う。
買ったその日から、私は今までにも増して明るくなり、前向きになり、また少しでも来る日に夢を感じられるようになった気がする。
鼓動が打ち始めた感じがするのだ。
新しいカメラは、もはや事業のための道具ではない。
それは、長い年月をともに歩んできた「写真」という呼吸を、静かに、しかし確かに、もう一度私の手の中に戻してくれた一台となった。




