残す物・手放す物

私の叔父の一人は、確か九十七歳になる。叔母を早くに亡くし、ずっと一人住まいを続けているが、大のツバキ好きだ。趣味が高じて日本ツバキ協会の副会長を務めている。叔父はツバキの新花育成の第一人者で、十件もの新花を登録し、注目を … 続きを読む

「カメラマンの目」 ―― 光を切り取る感性

情感の世界はいつも私を捉えて離さない。 それは私が持って生まれた感性であり、写真や絵画など視覚に訴えるものは、その感性をもっとも強く刺激する存在だった。 若い頃、私にその感性の核心を教えてくれた出来事があった。 もう五十 … 続きを読む

アマチュアの泥沼 ―― スペックへのこだわりの功罪

かつて私がタイムラプス・フォトグラファーとして仕事に没頭していた頃、撮影機材選びに迷いはほとんどなかった。 日本ではまだ黎明期の分野であり、手探りで機材を揃えるしかなかったが、選択の基準は常に一つだけだった。 目的を実現 … 続きを読む

「写真」という名の呼吸をもう一度

私は小学生のときからカメラが好きだった。 最初のカメラは、父が買ってくれた「フジペット」というブローニ版フィルムを使う、今から思うと大変原始的なカメラであった。 レンズの根元にある小さなレバーを左手の人差し指で押し下げる … 続きを読む

心の中に絵を描くまなざしは、伝わっていた

子どもたちが立派に成長し、それぞれ家庭を持つようになった。 その日常をじじ・ばばの立場から眺めていると、「あっ」と思う瞬間がある。 血のつながりをふと感じるときである。   娘の、何事にも徹底して取り組む頑張り屋の性格は … 続きを読む

一枚を撮るということ

スマホが広まった今では、誰もが写真を簡単に撮影し、溢れるほどの数の写真をメモリーやネット空間に保存している。 もはや一度に全部を見ることなど到底できない。 撮る側は、枚数などまったく気にしない。 子どもにスマホを渡して、 … 続きを読む

その人にしか創れないもの

思い出す限り、私が人生で最初に「創作らしき体験」をしたのは、小学五、六年生の頃だった。 通っていた小学校の校門のすぐ脇には大きなヒマヤラ杉が立っており、私はそれを絵の具でスケッチした。 なぜかその絵がどんなものであったか … 続きを読む

写真が守り、動画が揺るがすもの

映画やドラマ、ドキュメンタリー番組でも、一昔前の作品になると、登場する芸能人の多くがすでに他界していることに気づく。 あまりよく知らない人なら気にならないが、生前の記憶がたくさん残っている有名人の場合は、亡くなったと言う … 続きを読む

スマホが目覚めさせた、眠れるフォトグラファーたち

スマートフォンの先駆けであるiPhoneが登場したのは2007年だった。 それから十数年、早くも2010年代の後半にはスマホは当たり前の存在になっていた。 今では世界人口の80%以上が所有しているという統計もある。 世界 … 続きを読む

カメラの進化が作った映像戦国時代 ─ アマとプロの境界線

私はアマチュア・カメラマンとして今までの人生の大半を過ごした。 そして現役最後の15年間近くをプロ・カメラマンとして過ごした。   アマチュア・カメラマンとして本格的に撮影を開始したのは、1970年にアサヒ・ペンタックス … 続きを読む

変遷を続けた写真アルバム

家のリビングの棚の一か所に大きなアルバムが30冊ほど並んでいる。 生まれてから二人の子供が中学校に入る時までくらいの間の写真を入れてある。   別の棚には更に大きくて丈夫なアルバムがいくつか並んでいる。 イベント別の特別 … 続きを読む