家のリビングの棚の一か所に大きなアルバムが30冊ほど並んでいる。 生まれてから二人の子供が中学校に入る時までくらいの間の写真を入れてある。
別の棚には更に大きくて丈夫なアルバムがいくつか並んでいる。 イベント別の特別アルバムで、独身時代のアメリカ旅行、結婚式、新婚旅行、スペイン留学時代の専用アルバムだ。
不思議な事に二人の子供が中学校に入った以降のアルバムはない。 私は高等学校時代からの写真好きで、フィルム・カメラ全盛の当時、アサヒ・ペンタックスSPを愛用し始めて以来、ずっと写真を撮り続けて来ている。 アルバムが途中で途絶えているのは他でもない、デジタル・カメラの登場のせいである。
デジタル・カメラが登場しても、フィルムで撮影した独特の味わいが好きでいまだにフィルム・カメラを愛用している人がいる。 調度音楽の世界で、アナログ・レコードからデジタルのCDに切換わったのとよく似ている。 いまだにアナログ・レコードの独特の音の響きが好きで愛用している人もいる。
画像も音も、デジタル信号の方が遥かに物理特性上のクォリティが高い。 しかし味わいとなると話が別、と言う所が人間の感性が成せる業だ。 私は技術派人間なので、迷わずどちらもデジタルに切り替えた口だ。
当初はまだスマホ誕生前でデジタル・カメラを使っていた。 何が変わったかと言えば、一番変わったのは撮影枚数だろう。 フィルム・カメラ時代はフィルムが24枚撮りか36枚撮りだったので、一枚撮影するたびに気になって残り枚数を確認していたが、デジタル・カメラになって撮影可能枚数は記録メディアの容量次第と言う事で、実質上無制限になった。
これでは仮に撮った画像をプリント(印刷)した所で、アルバムには貼り切れなくなってしまった。 結局パソコンのハード・ディスク内に保存する事になった。 それで長い間親しんで来たアルバムとは決別する事になったのだ。
私はフィルム・スキャナーなる装置を買う事にした。 これはアルバムで保管している写真のネガ・フィルムを挿入して、アルバムに貼ってある写真と同じような「焼き付け/引き伸ばし画像」をJpegなどのデジタル・ファイルで出力するものだ。 つまり、昔のフィルム・カメラで撮った写真を、デジタル・カメラで撮った場合と同じようにパソコンのハード・ディスク内に保存できるようにすると言う訳だ。
私はそう言う事には凝り性なので、小学校時代から撮影した写真のネガ・フィルムはすべてネガ・フィルム専用アルバムに保管してある。 そのフィルムを、フィルム・スキャナーでデジタル・ファイルに変換してパソコンに保存した。 さすがに枚数が膨大ですべての写真は無理であるが、イベント毎に作成したアルバムに貼ってある写真についてはすべて変換して保存した。
パソコンのハード・ディスクに保存した写真を見るのはマウスでクリックするだけで簡単に幾らでも楽に鑑賞できるので、良く懐かしく振り返りながら見ている。 種類別とか年代別とかイベント別に簡単にフォルダ分け出来るし、細かいところまで見たければ簡単にズームできるのも良い。
さすがに、子供たちが知らせて来るネット上の家族アルバム「見てね!」にはあまりにも膨大な数の写真が載っていて、ちょっと手の付けようがない。 すべてが孫の写真だが、いくら孫が可愛くても数百枚・数千枚にも上る同じような写真は、親以外にとってはちょっと食傷気味になってしまうのかもしれない。
大量に撮影されたデジタル画像ならではのメリットの一つはスライド・ショーが作れる事だろう。 1,2秒おきにパラ、パラと自動的にページめくりして静止画像を見せる手間要らずの閲覧法だ。 ひとつのテーマ毎に作成してひとつの動画ファイル(mp4など)にして置けば良い。
最近はスマホ全盛の時代なので同じテーマで動画ファイルも撮影してあるのなら、編集でスライド・ショーと合体して置けば素晴らしいアルバム・ファイルが完成する。 当然お気に入りのBGMも組み込んでおく。 以前はパソコンの複数のソフトを使った私の得意技であったが、今ではスマホのアプリで誰でも簡単に作れるようになったのは驚きだ。
結局書棚にある昔からのアルバムは「全盛期の遺物」になってしまった。 ただそんなアルバムにもまだ見どころは残っている。 パッとページを開くと複数の写真が同時に見られる点だ。 またページの台紙に糊で写真を貼り付けたアルバムは、余白部に書き込んだコメントが懐かしい。 手書きの文字も若い頃の字体でこれも懐かしさを誘う。
人間の脳はアナログなのに、今やすべての物がデジタル化されてしまった。 写真もそれを保存する方法も進化して、アルバムも形をすっかり変えてしまった。
いずれにしても、もう私はどちらでも構わない。 写真を撮影して残すほど先は残っていないと思い、もう写真は撮らなくなった。 目に焼き付けて脳の中のアルバムにしまうのみである。