私の妻はしばしば私にブレーキをかける。 基本的に「謙虚に、謙虚に」と上には上がいるのだからと、私が自己満足して快走していると徐行させようとする。 大体の過去の事例において彼女の言っていた事は正しかった。
私はエッセイの執筆を始めてまだ間もないが、それでも毎日必ず一本公開すると心に決めて、私なりにかなりエネルギーと時間を使ってやって来た。 最近では寝ていても、夢の中で文章を書いている事がたびたびある。 起きている時もすべての行動も頭の中の文章で再生・説明しながら動いている。 余程今までの人生で物事を深く考えないで行動して来たせいなのか、その反動ではないかと思われる。
実は先日、つたない私のnoteでのエッセイに「スキ」を下さった方の記事を拝見して唖然とした。 その方はもう3年も前から毎日投稿を続けて来たそうだ。 「凄い!上には上がいるんだ。」 こんな私みたいな駆け出しが「頑張っている」なんて言うのは恥かしい事なのだと思った。
唖然としたのはそれだけではなかった。 なんとその方は一日1本の記事を超えて一日3本の執筆に挑戦していたのだ。 唖然を超えて愕然だ。 一日5,000字書くのが限界とも書かれていた。 これも凄い。 私は頑張っても普通はせいぜい2,000字以下だ。 もちろん、字数が多ければ良いと言う物ではないのだが、一つの努力結果が表れるものだ。 上には「遥か上」がいたのである。
そう思って他の人の記事を読んでいたら、5年連続毎日投稿を続けて来た人もいた。 この分ではおそらくもっと凄い人がたくさんいるに違いない。 井の中の蛙、絶対慢心してはならない、と気持ちを新たにした。
もっと身近な世界にも上には上がたくさんいた。 随分前から毎朝の散歩を始めたのだが、毎朝薄暗い時間からウォーキングを始めてしばら経つと、それまで散々不摂生な生活をして来た自分としては「身体に良い事を始めたんだ!」と満足感を感じながら歩いていた。
ところが自分が歩く事に慣れて来ると、周りが少し見えるようになって来た。 朝から歩いている人は自分だけではなく沢山いた。 それも良く見ると、私より歩行速度が遅い人はいないようだ。 歩く姿勢も、ぴっ!と背筋を伸ばして両手を大きく振ってさっ!さっ!さっ!と軽快に歩いている人がたくさんいた。 私はこんな歩き方では話にならないんだと、やや自信を失ってしまった。
そう思って結構急な上り坂を一生懸命歩いていた時、後ろから軽装で走って来た人が来てあっという間に追い抜いて行った。 一瞬頭がくらくらしたが、よく見たら若い人だ。 「それじゃぁ無理ないな。 自分だって若い頃はあのくらい平気だった。」と自分を慰める。 実際、若い人のランニング姿には良く出会う。
しかし先日はあきらかに私より歳を召した人が向こうから走って来た。 夏も終わり、朝夕は肌寒くなって来たので私は長袖長ズボンだったのだが、その人は短パンにランニングシャツ姿だった。 私は一瞬目を疑った。本当に世の中には上には上がいるものだ。
お陰様で最近では少しは謙虚になって、周りを良く見る慎重さが少しは備わって来たと思っている。
私の家のお隣さんのご主人は私より数年は先輩であるが、健康そのものでいつも元気一杯だ。 そのご主人は大変な人格者でもあり、ゴミ拾いを始めてもう20年近く経つと思う。 真夏の盛りでも朝夕は身体に優しすぎて面白くない、とわざわざカンカン照りで暑くてたまらない時刻になるまで待って、昼前にゴミ拾いに出かける。 帰宅後、庭先でごみを整理してレジ袋や洗える大物のゴミを洗って干している姿をもう20年近く見て来た。
私は毎朝ゴミ拾いから帰って来る際にその人の家の前を通る時は、トングとレジ袋を反対側に下げて、出来るだけ見えない様にして歩いている。 私とは比較にならない超大先輩の前で恥ずかしくないように。