日本のラジオ体操が生みだした、朝の至極のとき

ラジオ体操の「元祖」が、1925年にアメリカの生命保険会社が始めたラジオ放送である事実は、あまり表舞台で語られない。

当時、現地を訪れた日本の簡易保険局(現在のかんぽ生命)がその試みに着目し、NHKと手を結んで1928年に始動させた「国民保健体操」が、現在のNHKラジオ体操の原型である。

元祖の放送はその後現地では終了したそうだが、それが海を隔てた日本に深く根付き、独自の発展を遂げたことを誇らしく思う。

 

しかし、1928年という年は、大正デモクラシーの自由な空気から、国家が国民への統制を強め、軍国主義への道を歩み始めた転換期でもあった。 毎朝、人々がラジオの前で身体を一つにし、国のために健康な身体をつくる。 この体操が「精神鍛錬」の儀式へと変質するのに、時間はかからなかった。

 

事実、敗戦直後、占領軍はラジオ体操を「日本人の軍国主義と集団主義を象徴する洗脳ツール」とみなし、全面禁止を命じている。

紆余曲折を経て、その雰囲気を民主的なレクリエーションへと一新し、再開が許されたのは6年後の1951年であった。

 

今、私たちが何気なく耳にする「新しい朝が来た、希望の朝だ」というラジオ体操の歌。 その明るいメロディと歌詞には、「民主的で健康的な、新しい日本を築こう」という当時の人々の悲願と決意が込められている。

その時代背景を想って改めて聴くと、今でも胸に迫るものがある。

 

あのイントロが鳴り響けば、理屈抜きに身体が勝手に動き出す。 それほどまでに、この十分足らずのプログラムは私たちの血肉となっている。

 

簡易保険局とNHKの執念によって国民的習慣となったこの体操は、戦後、海外進出した企業の現場や日系移民の手によって世界へと広がっていた。

 

かつてフィジーの日系企業で現地責任者を務めていた頃、私は始業時にラジカセでカセットテープを流し、ラジオ体操を始めた。

現地社員たちは最初、何が始まったのか分からずオロオロしていたが、楽しそうに、かつ誇らしげに身体を動かす日本人社員の姿を見て、少しずつその動作を真似て覚えてくれた。 言葉を超えて響き合った、懐かしい記憶である。

 

今、毎朝の散歩の途中で大きな神社の境内に到着すると、スマートフォンで録音を再生し、妻と二人で体操をする。 早朝の澄んだ空気の中で身体を動かすのは、実に爽快だ。 時間帯によっては、放送に合わせて自然と集まり、輪になって動いているグループにも行き会う。

戦後の先人たちが夢見た「平和で健康的な日本の朝」が、そこには確かにある。

 

私はテレビ体操のファンでもある。

画面を通じて正しい動きを映像で確認し、学べるのはテレビならではの利点だ。

画面の中で躍動するアシスタントたちは、体育大学などで鍛え上げられた専門家であり、その洗練された一挙手一投足には毎回感動させられる。 素人では指先を床に届かせるのが精一杯のところを、手のひらまでぺたりとつけてしまう柔軟性には見惚れるばかりだ。 しかも彼らは、視聴者が真似しやすいよう、鏡のように左右を完全に反対にして動いている。 言葉を使わずとも、その生き生きとした表情につられて、こちらの身体も自然と誘導されていく。

 

映像のないラジオでは動作の伝えようがない、最新のストレッチなどを取り入れた「オリジナル体操」も放送され、これらはまさにテレビ体操の真骨頂と言える。

 

毎日、画面越しに「お兄さん」「お姉さん」の姿を見ながら身体を動かしていると、不思議と親しい友人になったかのような錯覚を覚える。毎日十分間も顔を合わせながら、一言も交わさない友人。

これほど不思議で密な関係が、他にあるだろうか。

 

かつてアメリカで生まれ、日本という激動の地で磨かれ、やがてテレビというメディアを得て究極の機能美へと達したラジオ体操。

この素晴らしい文化遺産を、途絶えさせることなく世界へ、そして未来へと放送し続けているNHKには、心からの感謝と称賛を贈りたい。

 

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