残された地平に二人で立つ ―― 第三者になれぬままの四十数年

私は人生をあまりに我儘に生きてきて、伴侶である妻にひとかたならない苦労をかけたと、深く反省している。 だから私と妻の過去の言い分はまったく平等ではないのだが、それでもの話である。


妻ともめ事があり、こちらの言い分に納得がいかなくなると、彼女は決まって鋭い口調でこう言ったものだ。 「そ、そんなことあり得ない。ちょっと第三者に見てほしい」

自分が正しいのだから、誰か他人に正当性を証明してもらいたい、という強い思いからの言葉だったのだろう。 だが、今にして思えば、そう叫んで周囲に審判を求めようとすること自体が、私たちが決して「第三者」にはなれない当事者同士であることの、何よりの証拠だったのだ。

 

若い愛に燃えている時期は、相手のすべてを理解していると錯覚する。 この広い世の中で巡り会えた奇跡を喜び、永遠を疑わない。 しかし、生活という現実的な荒波に揉まれ、子どもが育っていく過程で、夫婦の関係は否応なく変質していく。

 

好きで一緒になったはずなのに、子どもが高校生になる頃には、かつての瑞々しい愛情は遠い思い出の彼方へと去ってしまう。 気づけば背を向け合うことが増え、いつも同じパターンで衝突を繰り返すようになる。

 

客観的に見れば、そこにははっきりとした原因があるはずなのに、あまりに距離が近すぎるために、渦中にいるお互いはその原因をすべて「相手の不条理」のせいにし続けてしまう。

親しすぎる間柄というのは、どれほど真剣に向き合っていても、互いを正しく見抜くための客観的な視力を奪うものらしい。

 

お互いに古希を過ぎた。

子どもたちはそれぞれ独立して立派に家庭を築き、私たちの親や、一部の兄弟はこの世を去った。 かつて賑やかだった周囲を見渡せば、残された静かな地平にぽつんと立っているのは、わたしたち二人だけである。 もう背中を向け合う相手すら、お互いしかいないのだ。

 

不思議なものだ。 人生の残り時間が少なくなっていくことを日々実感するようになると、かつてあれほど激しくぶつかり合った家庭内の「いさかい」が、懐かしく愛おしい物に思えてくる。 お互いを観る眼から「とげ」が抜け、自然と相手をいたわる優しがが勝るようになってくるのだ。

 

心の波立ちが消え、二人きりの静寂が戻って初めて、かつてどうしても解けなかった「二人の関係を形づくっていた構造が」が、静かに霧が晴れるように見えてきた。

あの不毛に見えた衝突は、どちらが正しく、どちらが間違っていたかという問題ではなかったのだ。

 

お互いの「ここだけは譲れない」という小さなエゴや、甘え、そして不器用さが複雑に噛み合って生じていた、ただの「二人の共同作業」だったのだ。 相手の欠点だと思っていたものは、裏を返せば、自分が寄りかかっていた支えでもあったことに気づかされる。

 

出会ってから四十数年。

私たちは、お互いを正しく理解し、客観的に評価し合えたから、ここまで歩んでこられたわけではない。 むしろ、相手の真の姿など何ひとつ分からないまま、手探りの混迷の中で、ただ必死に手を繋ぎ合っていただけなのかもしれない。

 

しかし、人生の夕暮れときに、二人きりの世界でようやく見えてくる不完全な真実。

それはそれで、十分に美しく、愛おしい。

 

コメントする