たった一人の理解者

人生に行き詰まって立ち止まることは、誰にでもあることだ。   本当に自信があったら、立ち止まったり振り返ったりはしないだろう。 だが、現実にはなかなかそうはいかない。 面倒なことに、自信と不安は常に背中合わせだ。自信とは … 続きを読む

変化し続ける私と、固定された「親族体系」の不整合

私の最も苦手な分野は「親族の相互関係の把握」である。 「AさんとBさんは誰の何に相当する?」というような問いは、自分の親戚関係だけではなく、ドラマや映画を観る際にも最大の障害となる。   血縁関係を示す相関図は存在するが … 続きを読む

「また会おう」と言えるうちに ―― 別れを逆算して生きる

息子はもう十年近く海外勤務で、年に一度の一時帰国や、業務上の出張で帰国する際にしか会うことはない。ましてや孫たちを含めた家族とは、年一度の帰国でしか顔を合わせられない。   息子が帰国すると、毎回夜遅くまで酒を飲み交わす … 続きを読む

神々しい先輩 ―― まなざしの継承

体育会系の世界には身を置いたことがない私は、社会人として第一歩を踏み出したとき、職場で出会った先輩達に礼を尽くすこともなく、まるで同輩に接するような態度で振る舞っていた。先輩諸氏から見れば、これほど可愛くなく、腹の立つ後 … 続きを読む

期待し過ぎた私が悪かった ―― 偶像が剥がれ落ちるとき

アメリカに私が勝手に抱いた「偶像」   青春期の私は、アメリカという国に強い憧れを抱いていた。 私はアメリカを「自由と正義の純粋な体現者」として捉えていた。 自由、開拓精神、民主主義 ―― それらは私にとって眩しく、未来 … 続きを読む

支配欲の呪縛 ―― 思想・歴史・資本・感情のハッキング

人間社会は、様々な支配構造に翻弄されている。 現存する特定の社会システムを批判することは容易だが、翻って「理想の社会」など地球上のどこを探しても存在しない。 歴史を見渡せば、民主主義的で平和な社会が一時的に成立することは … 続きを読む

何かが間違っている ―― 令和のDV・ハラスメント観

深刻な暴力や支配は、どの時代であっても許されない。   だからこそ、日常生活の中で起こり得るさまざまな衝突をどう捉えるかは、とても大切になる。   昭和生まれの私には、ここ二十年ほどで急速に厳しくなった「DV・ハラスメン … 続きを読む

生きていて恥ずかしいと思わないのだろうか

毎日のニュースでは、詐欺事件が頻繁に報道されている。 金をだまし取ったり、若い女性を言葉巧みに誘い、時には暴力までふるって水商売や売春をさせ、金をむしり取る男たちが後を絶たない。   私はホームページの運用歴が四十五年近 … 続きを読む

旧交を温めないという選択

「旧交を温める」という言葉があるが、私にはなどうにも苦手な行為だ。 小学校時代から「同窓会」と名の付くものには一度も参加したことがない。 長年勤務した銀行の同期会も毎年開催され、今でも招待メールが届くが、これなどは特に絶 … 続きを読む