「若いときはいいの。歳をとった今がこんなに幸せで本当に良かったわね。」
お隣の奥さんがそう言ったと妻から聞いた瞬間、私は四十年分の自分の歩みが、まるで一枚のフィルムのように巻き戻されていくのを感じた。
その言葉は、私にとって「赦し」であり、「審判」であり、そして「救い」でもあった。
引越してきた当時 ― 若さの熱と無自覚な暴走
四十年前、私は三十代半ば。血気盛んで、興味の向くままに情熱を注ぎ、家族の生活など視界に入っていなかった。
高度経済成長の熱気に浮かれた街へ毎晩のように繰り出し、家では高価なオーディオセットを大音響で鳴らしてカラオケに興じる。
アマチュア無線では高出力を出し、隣家のテレビやラジオに障害を与える日々を送っていた。
妻は六歳と五歳の子どもを抱え、文句ひとつ言わず私の後始末をしていた。
近所の奥様方からは「悲劇の昭和の妻」と同情されていたようだ。
隣人夫婦 ― 四十年間の沈黙のまなざし
我が家の片側と裏側は空き地で、接している家は一軒だけだ。
そのご夫婦は私たちより十年ほど年上で、いつも穏やかで誠実。怒鳴り合う声など一度も聞いたことがない。
私の無線の妨害で、当時中学生だった息子さんのラジオに、私のつたない英語の交信が大音量で割り込んだことがあったと後で知った。
泣きついた息子さんに、奥さんはこう言ったという。
「お隣のおじちゃんの英語を聞いて、勉強しなさい。」
苦情も怒りも見せず、ただ静かに受け止める。
その姿は、私にとって「仏様」のようであった。
転機 ― 放蕩から仕事へ、そして家庭へ
変化が訪れ始めたのは十年ほど前のことだ。
私は趣味三昧の生活を改め、個人事業を立ち上げていた。
生まれて初めて全身全霊で仕事に向き合い、地に足のついた生活を送るようになって、私は年を追うごとに妻と歩調が合うようになった。
毎朝の散歩、ゴミ拾い。
かつての私を知る人には想像もできない「別世界の夫婦」になった。
日常生活でも、自分のことより妻のことを第一に考えるようになった。
特に、エッセイを書くようになってからは、己の過去と正面から向き合う日々が続き、私の変化は心の深い部分にまで及ぶようになった。
そして、私はいかに自分が妻を犠牲にし、傷つけてきたかを思い知り、自責の念で苦しむようになった。
そのころ、妻は近所の奥さんから何度もこう言われたという。
「あんなに変わるなんて、本当に良かったわね。」
隣人の言葉 ― 四十年の沈黙がほどける瞬間
そんなある日。
お隣の奥さんは、妻にこう言ったのだ。
「若いときはいいの。若いときはいいの。
歳をとった今がこんなに幸せで、本当に良かったわね。」
この言葉は、私の胸の奥深くに刺さった。
四十年間、迷惑をかけ続けた私を、彼女は「若さゆえの熱」として抱きしめ、歳を重ねた今の私たちの姿を、心から祝福してくれたのだ。
私はその話を聞いて、ただただ「間に合ってよかった」と胸をなでおろした。心の芯まで腐りきってはいなかった自分を、少しだけ認めることができた気がした。
四十年の沈黙と温かいまなざしに守られながら、私は今、あの言葉の本当の意味を噛みしめている。