「カメラマンの目」 ―― 光を切り取る感性

情感の世界はいつも私を捉えて離さない。

それは私が持って生まれた感性であり、写真や絵画など視覚に訴えるものは、その感性をもっとも強く刺激する存在だった。

若い頃、私にその感性の核心を教えてくれた出来事があった。


もう五十数年も前のことだ。大学時代、私は毎日のようにアマチュア無線でアラスカの友人Rayさんと交信し、アメリカの文化や暮らしを教えてもらっていた。

 

青春の夢を育ててくれた恩人に会いたいという思いは日増しに強くなり、大学卒業を控えた私はついにアメリカ旅行を決行した。

空港には家族全員が迎えに来てくれていて、Rayさんと初めて向かい合った瞬間は、まるで映画のワンシーンのようだった。

彼の家に滞在し、夢のような時間が流れた。

 

私は写真が好きだったのでフィルム式一眼レフを携え、初めて見る海外の風景を夢中になって撮り続けた。

 

ポーテージ氷河では、一面の雪原に巨大な氷河が並び、割れ目から覗く氷が青緑色に透き通って輝いていた。

遠くに臨むやマッキンレー山は、アラスカの大自然を象徴する卓越した造影を見せていた。

日没前になると、夕陽を浴びたアンカレッジを囲む雪に覆われた連峰がオレンジ色からピンク色に染まる。

それは「Mountain Blow」(山吹き)と呼ばれるのだと教えてくれた。

 

Rayさんの家は山の斜面に建つ、おとぎの国に出て来そうな木造建築で、家の中には大きな暖炉があり、激寒の外とは別世界の温かさだった。

小学生以下の子どもが三人いて、初めてみる日本人を珍しそうにしながらも心を開いてくれた。

末っ子の六歳の女の子は特によく懐いてくれ、私に「どうして日本人は脚が短いの?」と無邪気に尋ねて両親が慌てたのを覚えている。

 

とても可愛い子だったので、家の中でもスナップ写真を撮った。

旅先では、特に珍しい海外ともなれば、写真に収める対象には事欠かない。


アラスカには1週間滞在し、その後三週間ほど西海岸沿いを旅して帰国した。

Rayさんは、無線で私の帰国を待ちかねていた。

 

帰国後、すぐに撮り溜めたフィルムを現像し、旅行中の写真をほとんどすべて航空便でRayさんに送った。

 

一週間ほど経った日、いつものようにRayさんと定時交信を始めると、彼は最初から興奮していた。私が送った写真をとても気に入ってくれたらしい。

特に六歳の末っ子娘を撮った写真は、奥さんとともに大喜びしたという。

 

このとき、Rayさんが伝えてくれた言葉は、その後私の写真撮影や鑑賞に大きな影響を与えた。 五十数年経った今でも忘れない。

 

「You have an eye of a cameraman」(カメラマンの目を持っているね)

 

 

この一枚がそれだけの評価に値するかどうかは別として、若かった私は、写真に必要な「魂」のようなものを学んだ気がした。


「カメラマンの目」という表現は、写真の神髄に触れるものだ。

このnoteにも多くのスナップ写真が掲載されているが、私が目を奪われる写真は例外なく、撮影者の目の前にある世界を一枚の写真として見事に「はさみで切り出す」ことができているものだ。

 

どこをどのように切り出すのか。

それを判断するのが「カメラマンの目」にほかならない。

 

だから写真を評価するのに時間はかからない。

隅から隅まで見る必要はない。

見た瞬間「ドキッ」とするかどうかだ。

そしてドキッとしたら、隅々まで見入って自分の目を捉えた原因を探る。

 

その衝撃は、男が女に出逢ったときの感覚に似ている。

 

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