普段散歩で歩くときに、油断をすると靴の底を「ずっ、ずっ」と擦る音を立ててしまう。脚を持ち上げる力が落ちてしまう、加齢の典型的な現れである。あわてて周りを見回して誰も聞いていなかったことを確認する。
意識していれば起きないのだが、無意識に油断しているときに起きることだ。
ゴミ拾いのために左右に視線を振りながら歩くから、歩く速度は遅い。
歩いている他の人に抜かれることはあっても、抜くことは滅多にない。一見して私より年上の人に追い抜かされていくと、ここまで身体能力が落ちていたのだと、心に刺さるものがある。
こんな日々が続いていたので、脚の運び方にしろ、歩行速度にしろ、歩くことに関しては、もう仕方ないのだと半ばあきらめていた。
私は都心まで電車で1時間半近くかかる郊外に住んでいる。
会社員時代に数十年も長距離通勤ラッシュで身を揉まれてきた「トラウマ」に近い辛い思い出があるので、会社勤めを辞めてからは、十数年間、電車には乗ったことがない。とにかく都心に向かう電車だけは乗らないと決めていた。渋滞でいくら時間がかかっても、自分の周りに自分だけの空間が確保できる車しか使ってこなかった。
それが一年ほど前から頻繁にオーケストラの定期公演に通うようになった。都心のコンサートホールでは駐車場の問題もあり、渋々と電車で都心入りする機会ができてしまった。
十数年ぶりに電車に乗ったときの印象は鮮烈だった。
新型車両に変わっていたし、線路の敷設も変わっていたのだろう。静かですべるように走り、窓の外の景色が流れる速さに驚いた。思わず「電車って速い!」と声が出て、自分で笑ってしまった。
週末ということもあったかもしれないが、かつて揉みくちゃにされながら通った通勤電車の面影はなかった。
ところがかつて身体に刻まれた記憶が蘇ったのは、終点の大きなターミナル駅で降り、反対口まで歩く地下道を歩き始めたときだった。途中で地下鉄やJRも横切るのでかなりの距離がある。
この地下道はとても思い出深かった。かつてはこの雑踏を皆タバコを吸い、ポイ捨てしながら歩いたものだ。
始めて田舎から上京した人は、あの混雑を目の前に気後れして、まともに進めないだろう。広い地下横断道を行く人と来る人が縦横無尽に交差する。色々な場所に改札口や出入口があり、柱もたくさん立っている。対向して来る人にすべて道を譲っていたら少しも前に進むことはできない、まるで戦場のような混沌だ。
何故人々が接触や衝突をしないのか、どう考えても不思議な姿で、人間もAIのように動作するのだとその能力に驚いてしまう。
私に突如スイッチが入った。
猛然と前に向かって突進し始めたのだ。来る人、寄る人、横切る人に怖気づくこともなく、どうにもならないときだけ最小限の動きで道を譲り、猛突進を始めた。
速度を落とした者の負けだ。もちろん「勝負」をしているわけではない。
ただ、この雑踏を最短で抜けるために、身体が自動的に最適化されているだけだ。脚の運びも猛烈なスピードだ。
完璧に数十年前の活力溢れる会社員の自分に戻っていた。
速い、速い、少なくとも先を行く人を追い抜くことはあっても、追い抜かれることは絶対にない。
一緒に歩いていた妻は、私の身体の後ろの陰に隠れて必死になってついてくる。
いつもの「おじいさん歩き」は姿を消していた。
妻は私の歩く姿に感動したそうだ。
「あの姿はまるで若者だった。おまけに背が高いから皆があなたをよけていた。」
身体が老化したのではなかったのだ。
加齢したのは精神だったのかもしれない。
「かつてとった絹束(きぬづか)」という語があるが、あの通勤地獄で鍛えられて身に付けたものが、まだ身体の中に生きていたことを知ったことは、
なぜかちょっぴり嬉しかった。