心のきれいな少女たち

数年前、タイムラプス動画の作品作りでまだ平和だったミャンマーを車で北へ南へと走り回った時の事だ。

北部の都市マンダレー郊外のミングンと言う村を訪れ、古い遺跡の撮影を始めた。 しばらくすると村の少女がひとり寄ってきて小さな手作りのアクセサリーを見せた。どうやら買って欲しいようだ。 いくらかと尋ねると答えた値段は日本円で10円とか20円とかだった。 いいよ、と買ってあげたらとても嬉しそうに満面の笑みをたたえ喜んでいた。

するとしばらくして彼女が戻って来た。 今度は友達らしい同年代の少女を連れて4人でやって来た。 これはえらいことになったなと思っていたら、どうやらもう一人の彼女が売ってる分だけ買って欲しいようだった。 可愛い少女達だったし二つ返事で買ってあげた。 彼女たちは嬉しそうにして、その場を離れずに人懐こそうな顔で興味深そうに私がしている撮影を見ていた。

私が遺跡を別の角度から撮影する為に撮影場所を少し離れた場所に移動しようとした時である。 彼女たちは何か言いながら、突如カメラの三脚など撮影機材を寄ってたかって畳み始め運ぶのを手伝い始めた。

ええ?とまさかの行動にぐっと胸を打たれてしまった。 なんと心のきれいな少女たちだろう! 快く彼女達の売り物を買ってくれたのが嬉しくて、その気持ちを返してくれているのがすぐに分かった。

最後に、せっかくなので初めての試みではあったが、もしかしたら遺跡撮影のアクセント?にモデルになってくれないか尋ねてみたら、快く引き受けてくれた。 時間のかかるタイムラプス動画なので30分近くかかったが、嫌な顔ひとつしないでやってくれた。 数分毎に「はい、ちょっと前に来て!」と言うと楽しそうにやってくれた。(5秒間の短いカットです)

 

 

ミャンマーは本当に貧しい国だ。 特に地方に行くとその生活の貧困さには驚かされる。 小屋の床に穴を開けただけのトイレとか、物置のような家とか、裸足で歩く人々とか、貧しい食事とか挙げ始めたらきりがない。

敬虔な仏教徒であるミャンマー人には驚かされることが多い。 20数年前に仕事の出張でミャンマーを訪れた際、ミャンマーの拠点で働く若い女性社員がヤンゴン市内を案内してくれた。 ある仏教寺院を訪れた時、寺院の中の片隅で彼女はお金を出して記帳し始めた。 

何をしたのか尋ねたら、親の名前を書いて寄進したと説明してくれた。 彼女はその後、仏像の前で床に伏して長い時間お祈りを始めた。

敬虔な仏教徒ミャンマー人が何を祈っているのか後日調べてみたら、現世で徳を積むと来世で幸せになれると信じているかららしい。 「見返りを期待しない美徳」ではないかもしれないが、徳を積む日々を過ごさせて人々を穏やかに美しく幸せにする仏教の素晴らしさを改めて知った。

この少女達の心の美しさはおそらくこの仏教文化に根差した自然なものなのだと思う。 世界のあちらこちらで色々な文化とそこに暮らす人たちを見てきたが、このミャンマーの片田舎で出逢ったきれいな心の少女たちは忘れられない。

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