多くの作品を貫いたサブストーリー

私には人生の中で一貫して追いかけてきたものと、波のように押し寄せる対象を、刀で切り進むように逃さず掴み、骨まで味わい尽くし、最後には骨だけを置き去りにしてきたものがある。

もちろん、どちら敵ではなく、惚れ込んだ対象である。


置き去りにしてきたものは、そのときに出逢い、強烈に惹きつけられた対象群である。

興味をかき立てる技術や未知の世界、趣味の対象もあれば、惹かれた人もあった。

 

その瞬間の私にとって、捨てがたい価値を持ち、手加減なく掴み取って離さなかったものたちだ。

それらはいつも刺激的で、誘惑の花の蜜のような甘い香りを放ち、私と言う虫を惹きつけた。

そこに理屈やポリシーはなく、自分の内側からあふれ出る興味や探求心、感情が私を衝き動かした。

 

私は間違いなくそのために生きようとしてきたし、私の歴史はそれを追いかけてきたひとりの人間の足跡以外の何ものでもない。

 

私という人間を語るとき、それら抜きでは語れない。

私の物語の大切な舞台装置であり、役者たちである。


もちろん、この物語の主役は私であるが、原作者は私ではない。

ただ、私自身の物語である以上、脚本家と監督の役は私に与えられてきた。

 

原作者は、歳を重ね社会経験を積む私という役者を頭に置きながら、作品の中での人間像もストーリー性も徐々に変えてきた。

だからこそ数十年にわたり、この物語は途絶えることなく演じられてきたのだろう。

 

過ぎ去った作品の出来事に感傷的になっていたとき、ふとしたきっかけから過去をつぶさに振り返るようになった。

すると、思いもしなかった姿が浮かび上がってきた。

いままで描いて来た全作品を通して、もう一つの「サブストーリー」が存在していたことに気づいたのだ。

 

原作者は、私にたくさんの作品群を与えながら、実は全作品を通じて、それらをすべて観なければ見えてこない壮大なサブストーリーを描いていた。

それは、未熟な私が己の未熟さに気づくまでの成長体験の物語であった。

 

過去の作品に描かれてきたように、私はそのときに出逢った対象に惹かれ、ひとつの物語が出来上がるまで熱を覚まさなかった。

それらは個性に溢れ、ひとつひとつが語るに値する味わいを持っていた。

 

しかし、作品が積み重なるにつれ、サブストーリーはいつの間にかその存在を覗かせ始めていた。

 

それは華やかに見えていた作品群の陰で見失っていた、雄大で揺るぎない期待と信頼と信念が作品たちを支えていた一人の姿を浮き彫りにする話だった。

そして、それこそが私の物語が一番伝えたかったことであると示していた。

 

そのサブストーリーの主役は私でなく、以前から多くの作品に顔を出していたひとりの人だった。

物語が進むにつれ、その存在ははっきりと大きな輪郭を持ち始めた。

それは、かつて私が生涯の伴侶として選んだ人だった。

 

それこそが、私が人生の中で一貫して追いかけてきたものであった。

 

 

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