テレビや映画を観たり、人の話を聞いたりして「ああ、懐かしいなぁ」と思うことがよくある。 ふと思ったのだが、懐かしさの原点は人によってさまざまなのではないか。 幼少期、小学校に通っていた頃、元気いっぱいの高校時代、大学で過ごした青春の日々など、懐かしさを感じる起点は人それぞれ異なるようだ。
私の場合は、三十歳になったばかりの頃、勤務先の銀行に命じられて赴いたスペイン留学時代が圧倒的な原点である。 テレビでスペインに限らずヨーロッパの国々の街角の風景 ―― 決まって石畳の細い街路と、その両側にところ狭しと並ぶ石造りの建物 ―― を目にすると、胸の奥が強く揺さぶられる。
私の住んでいたヴァジャドリッドの、かつての首都らしい歴史ある街並みや、スペイン各地で見て来たお馴染みの市街地の風景が思い出されるのだ。
スペインで印象に残る風景は他にもたくさんある。 アンダルシア地方の地平線の果てまで続く乾いた大地と、延々と拡がるオリーブ畑。
エストレマドゥーラ地方で見たどこまでも続くひまわり畑、
カスティージャ地方に点在する典型的なスペインの田舎町。 そして、その中にはOkapi noteのヒーローイメージにもなっている、風車が並ぶ丘の風景もある。 いずれも懐かしくてたまらない。
スペインでの体験は、その後の四十年間、今に至るまでの私の人生の大半を決定づける変化をもたらした。 簡単に言えば「くそ真面目な世界で堅苦しく額に皺を寄せ、命を縮めながら何かと闘って生きていくより、力を抜いて楽になり、人間本来の感情の世界を大切にし、自分に正直に人生を楽しんで生きていこう」という変化だった。
それは良くも悪くも、その後の私の考えのコアとなった。 天から降って来たように与えられた「銀行という職場」が、あえて私にくれたプレゼントなのだから、これは間違いなく天の声であり、運命なのだと思った。
そんなことを、テレビに映るヨーロッパ独特の「石畳の細い街路と、その両側にところ狭しと並ぶ石造りの建物の風景」が強烈に懐かしさとともに思い出させてくれる。
おそらく懐かしさとは、その人が生きて来た人生の中で、最も強烈な印象を受けた頃の周囲の風景ではなのだろう。 人それぞれに、そんな風景が一生ついてまわり、自分を支えてくれているに違いない。
「あなたの一番懐かしい風景はなんですか」と尋ねれば、その人がどのような人生を歩んできたのか、その核心に触れることができるのではないだろうか。


