四十代の初め、私は航空機マニアだった。 エアライン・パイロット、つまりどこかの航空会社の定期路線を飛ぶパイロットに憧れ、来世に生まれてくるときには必ず国際線のジャンボジェット機のパイロットになると決めていた。
航空機にまつわることは何でも調べ上げ、勉強していた。 言うまでもなく、来世に備えた「予習」である。 その中で、特に心を奪われたのが、コックピットで離陸前や着陸後にコックピットで操縦士と副操縦士の間で交わされる、チェックリストによる声出し確認だった。 出発前から着陸後まで、実に多くのチェックリストが用意されている。
大型旅客機ともなると、コックピットは数えきれないほどの機器に埋め尽くされており、それらすべてをいつも間違いなく操作するのは、ベテランパイロットであっても不可能に近い。 それを補うのが、原始的とも言えるチェックリストによる読み上げ確認である。
操縦士がリストに従って項目を読み上げ、副操縦士がその設定状況を目で確認し、「オン」「オフ」「セット」などと声に出して応答する。 こうして機体の状態を確実に共有していくのだ。
出発前には:
Preflight Checklist(飛行前点検)
Cockpit Preparation Checklist(コックピット準備)
Before Start Checklist(エンジン始動前)
Engine Start Checklist(エンジン始動)
After Start Checklist(始動後)
離陸時には:
Taxi Checklist(タキシング中)
Before Takeoff Checklist(離陸前)
Takeoff Briefing(離陸ブリーフィング)
離陸後は:
After Takeoff Checklist(離陸後)
Climb Checklist(上昇中)
Cruise Checklist(巡航)
降下・着陸時は:
Descent Checklist(降下)
Approach Checklist(進入)
Landing Checklist(着陸前)
着陸後は:
After Landing Checklist(着陸後)
Shutdown Checklist(エンジン停止)
Secure Checklist(駐機後)
その内容例として「BEFORE START CHECKLIST」を覗くと、次のようなやり取りがある:
操縦士:Doors
副操縦士:Closed and locked
操縦士:Fuel Pumps
副操縦士:On
操縦士:Beacon
副操縦士:On
操縦士:Parking Brake
副操縦士:Set
操縦士:Transponder
副操縦士:Standby
操縦士が項目を読み上げ、副操縦士が実際の状態を確認して答えるという仕組みだ。
私が四十六歳のとき、思いがけない幸運が舞い込んだ。 世界最大のジェット旅客機、ボーイング747-400の操縦訓練用シミュレーターに搭乗の機会をいただいたのである。
左側の操縦士席に「訓練生」である私が座り、指導教官は右側の副操縦士席に座る。
シミュレーター訓練は、実際のフライトと寸分違わぬ手順で進み、チェックリストによる機器のセット状態の確認もそのまま行われる。
これが747-400のBEFORE STARTチェックリストである。
各行の左側に点検項目、その右端にあるべき状態が書かれている。
「点(…)」の役割: 視線が横にずれて別の行を読まないための工夫。
空欄(___): その時の重量や気圧によって数値が変わるため、読み上げ時に具体的な数値を声に出して確認。この実例では搭載燃料である。
完了宣言: 最後に必ず「〜 Checklist Completed」と宣言し、フェーズが終了したことを共有する。
私は間違いを絶対に回避するためのこのシステマチックな手法に、すっかり魅了されてしまった。
すぐに行動に移したくなる私は、家から車で出かける際の、「BEFORE DEPARTURE(出発前)チェックリスト」を考案し実戦投入した。 要は、忘れ物はないか、切るべき電源はすべて切ったか、といった項目をまとめたチェックリストである。
運転終了後は、次回の運転時にチェックを忘れないよう、カーナビのモニターにプラスチックパネルに入れたチェックリストを引っ掛けておく。
家の無線機 ➡ OFF
家のパソコン ➡ OFF
家のテレビ ➡ OFF
家のエアコン ➡ OFF
家の照明 ➡ OFF
家の玄関ドア ➡ LOCKED
携帯電話 ➡ INSTALLED(車の充電ケーブルに)
運転免許証 ➡ ポケットにある
お金(財布) ➡ ポケットにある
車の長距離通信用無線機 ➡ ON
車の短距離通信用無線機 ➡ ON
車の燃料 ➡ 確認
車の自動前照灯 ➡ ON
ドライブレコーダー ➡ 動作確認
車載電気ポットのスイッチ ➡ 自動(保温)
車載電気ポットの水レベル ➡ 確認
と、まぁこんな内容だ。 声を出してチェックしていくと、とても気が引き締まる。
私は凝り性なので、好きになったものは徹底的に追求する。 このチェックリストもその対象として逃さなかった。




