何と言っても『男はつらいよ』に出てくるシーンは、すべて昭和レトロそのものだ。 あの映画をみて懐かしさを覚えるのは、昭和を生きてきた世代だろう。 しかし近年の昭和レトロ・ブームを眺めていると、その懐かしさが昭和を知らない世代にまで広がっていることが、とても興味深い。
昭和レトロと聞いて、私がまず思い浮かべるのは、「純喫茶」である。 高校生になり、世の中に足を踏み出し始めたころ、「さてん」(喫茶店)に入ってコーヒーを飲む時間は、少し大人の世界に触れたようで、胸がときめいた。
当時の東京には、マイアミ、ルノアール、ギャランなど、どこか時代の先端を感じさせる名前の純喫茶が繁華街を飾っていた。 店内には落ち着いた木製の家具やベルべット張りのソファなどが並び、どの店も個性豊かな内装だった。 扉を開けた瞬間、外とは隔絶されたくつろぎの空間に包まれ、カウンター席からはサイフォンで淹れるコーヒーの香りが漂ってきた。
友達と朝の時間帯に入店し、モーニングサービスのコーヒーとトーストで昼まで粘り、定番のナポリタンを食べた。 おやつの時間に訪れたときは、緑色のクリ-ムソーダが一番のご馳走だった。
また、安いお菓子や小さなおもちゃを売っていた駄菓子屋も、街角を彩っていた。 小さな子供が硬貨を握りしめて出入りし、ひとつ売ってもほとんど儲けにもならない商売なのに、店主のおばさんは訪れるたびに優しく迎えてくれた。 駄菓子屋は、子供たちがいるところには必ずある ―― そんな存在だった。 今でも主がいなくなり、ガラス戸を閉ざしたまま廃墟のようになっている駄菓子屋跡を、あちこちで見かける。
家電製品はどれも丸みを帯びていた。 冷蔵庫も洗濯機もブラウン管式テレビも、丸みが当時の流行だった。 黒電話やフィルム式カメラも昭和を象徴する機器である。 フィルム式カメラは感度が低く、感度を上げれば画質が落ち、撮影枚数にも制限があり、撮影後は写真屋さんにフィルムを預けて現像してもらわなければ見られなかった。 アナログ写真は何かと手間がかかり、画質も今ほど良くはなかったが、その限られた表現の中に魅力を感じている人も多いだろう。
音楽を聴くためのレコードは、昭和初期のSP盤(モノラル・毎秒78回転)に始まり、大きなLP盤(ステレオ・毎秒33回転)、小さなドーナツ盤(ステレオ・毎秒45回転)へと続き、まさにアナログ全盛の時代だった。
録音機も、昭和初期のリール式のオープンテープからカセットテープへ移り変わった。 音質は悪く雑音も多く、音程も不安定だったが、そこに昭和レトロの味わいを感じる人は少なくない。
照明は裸電球の温かい灯が夜を照らしていた。
遠くへ旅すれば、必ずお世話になったのがSLや気動車だった。 特に真っ黒な煙をあげ、真っ白な蒸気を噴き出しながら豪快な音をあげて走るSLは、昭和の初期を飾る典型的な風物詩だった。
こうして振りかえると、今と昭和の違いは、「アナログとデジタルの違い」の一言に集約されるように思う。 昭和を知らない世代まで昭和レトロという懐かしさを感じるのは、デジタル時代のどこかに窮屈さを覚えているからではないだろうか。
万事アバウトで、遊びの多かった昭和の文化。 こんな緩さと曖昧さこそ、ロボットではない人間にとって一番心地よいものなのかもしれない。 昭和は、いまのデジタル時代に「レトロ」という形でよみがえり、そのことを気づかせようとしているのかもしれない。