背中が物語る壮大な人生

昭和の美学は、いつも私を捉えて離さない。

 

語らない。

嘆かない。

叫ばない。

振り返らない。

 

それは強がりではなく、

生き抜いた者だけが持つ静かな矜持だ。

 

物語に、言葉はいらない。


物語に矜持を貫いた男は語らず。

語り始めれば、胸の奥に沈めてきたものが溢れ、

いま襟を正して立つ自分を支えられなくなることを知っている。

 

物語に矜持を貫いた男は嘆かず。

嘆いたところで過去は変わらず、

その声を聞いてくれる者もいないことを知っている。

 

物語に矜持を貫いた男は叫ばず。

叫びは弱さをさらすだけで、

ただの笑い者になることを知っている。

 

物語に矜持を貫いた男は振り返らず。

振り返っても、

「後悔後に立たず」を、身をもって知っている。

 

物語に矜持を貫いた男は訴えず。

訴えは愚痴にすぎず、

過去を裁く者などどこにもいないことを知っている。

 

物語に矜持を貫いた男は眠れず。

夜ごとに後悔が夢枕に立ち、

ああすれば良かった、ああしなければ良かったと胸を叩く。

 

物語に矜持を貫いた男は笑わず。

若い日の笑顔を思い出すたび、

今との落差が胸を刺すことを知っている。

 

物語に矜持を貫いた男は帰らず。

帰る家はあっても、

かつての自分はもうどこにもいない。

 

物語に矜持を貫いた男は名乗らず。

過去の名は、

もう自分のものではない。

 

物語に矜持を貫いた男は涙せず。

長い旅路のあいだに、

涙はとうに尽きてしまった。


泣くことも、叫ぶことも、笑うことも忘れ、

ただ静かにひとつの物語を演じ切った男の背中が、

小さくなって消えてゆく。

 

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