人類はこれまで、地球が偶然つくり出した物質に依存して文明を築いてきた。
木材、鉄鉱石、石油、レアメタル──いずれも自然が与えた一次産品であり、私たちはそれを加工して生活を成り立たせてきた。
しかし、それらは有限であり、産出地域は偏在し、地政学的な緊張を常に生み出している。
文明の根幹が一次産品の産出に頼っているという現状は、科学の発展した現代社会の姿としてはまったく似つかわしくない。
新たな技術の可能性
私が人類がいつか到達すべき技術の必然性と可能性を感じたのは、テレビで小さなガラス瓶に入った「ナフサ」を見たときだった。 どろどろの原油から生成された透明の液体が、魔法の原料のように、プラスチックやゴム、繊維、洗剤、そして最も重要なガソリンなどの燃料へと姿を変える。
無色透明の液体の元は、数億年前の生物の死骸である。
それが長い時間をかけて原油となり、そこからナフサが生成される。
まさに地球環境が生み出した生成物だ。
もしこの透明な液体を自由に作り出せるようになれば、現在のように中東でホルムズ海峡が閉鎖され、世界中に深刻な影響が及ぶといった問題は起きなくなるだろう。
私は、いずれ文明を根底から覆すほどの大変革が起こると考えている。
それは夢物語ではなく、科学の延長線上に確かに存在する未来だ。
考えられる技術の中身
その大変革とは、原子レベル・分子レベルで物質を自由に創り出す技術である。
原子核を設計し、原子を並べ、分子を組み立て、必要な物質をゼロから創造する。
原子を自由に操作し、AIが「必要とされる性質を持つ分子」を逆算して組み立てれば実現できる。
万物の元は元素だ。
元素の最小単位は原子であり、原子が連なって構造を作ったものが分子である。
石油については、すでに二酸化炭素と水と電力を使って合成石油を作るという「個別・限定的」な反応設計が実現している。
もちろん、それと「すべての物質を自由自在に作ること」との間には、とてつもなく大きな隔たりがある。
しかし、「原子・分子を自由に配置して任意の物質を作る」という魅力を考えれば、その大改革の可能性は決して諦められない。
そこにたどり着く科学的な背景
ナフサは炭素と水素の組み合わせに過ぎない。
つまり、炭素と水素だけでプラスチック・繊維・ゴム・溶剤・燃料が作られているのだ。
この「魔法の液体」の起源をたどると、最後は宇宙の誕生に行き着く。
ビッグバン(宇宙誕生時の爆発的膨張)直後に水素とヘリウムが生まれ、その後、恒星内部の核融合反応で炭素・酸素・窒素・ケイ素・鉄などの重元素が作られた。
さらにレアメタルの多くは、超新星爆発や中性子星衝突といった極端な高温・高密度環境で生成された。
地球も生命も、これらの元素からできている。
つまり、どのような物質も、元を遡ればビッグバン直後に誕生した元素に行き着く。
その構成要素を自在に操ることができれば、文明のあり方は根底から覆るはずだ。
その技術で実現できること
自然界に存在するかどうかに関係なく、望む性質を持つ物質を「設計」できるようになる。
そうなれば、ナフサなど既存の物質にこだわる必要はなくなり、自然界に存在しない物質を創ることすら可能になる。
これからは、原子を並べ、分子を設計し、必要な物質を自ら創り出す文明へと進むのだ。
その技術が人間界へ及ぼすもの
人類は資源の枯渇から解放される。
原油や、レアメタルを求めて一部の産出国に振り回されることもなくなる。
ホルムズ海峡の封鎖に世界が揺れるような時代は終わり、地政学的な緊張は大幅に緩和される。
地面から掘り出した一次産品が地球上の人類社会を翻弄していたなど、いつか笑い話になる時代が訪れるに違いない。
物質を創り出す技術は、単なる科学技術の進歩ではない。
それは文明の構造そのものを変え、人類を「自然物の支配」から解放する力を持っている。