哲学をするとき・懺悔をするとき

誰しも、未知の世界へ足を踏み入れたとき、どう振る舞えばよいのか分からず戸惑うものだ。

無我夢中で生きてきた過去から突き放され、心に空洞が生まれている自分に気づく。 小さくてもいいから生きがいや目標を見つけなくてはと思うが、そう思ったからといってすぐに見つかるものではない。 とりわけ永年仕事の世界に埋没して生きてきた人ほど、その戸惑いは大きいに違いない。

 

気がつけば、あれからちょうど一年が経つ。

昨年の四月末日、私はタイムラプス撮影事業に終止符を打った。 長期タイムラプス遠隔撮影のシステムの開発に成功し、撮影実績も十分に積んだところで、深い達成感を覚えていた。 あとは金儲けのために仕事を回すだけになる。 そこには興味が湧かなかった。

 

長い人生の中でも重たい決断ではあったが、私は昔から「何かに夢中になり成果を得て達成感を味わうと、すっと手を引き、次の目標を探す」という生き方を繰り返してきた。 だから迷いはなかった。

 

五月になり、身軽になった自分がそこにいた。

しかし心には、ぽっかりと風が通り抜けるような違和感があった。 突然、何もしなくてよくなったのだから無理もない。 私は昔から仕事よりも趣味や興味に心血を注いで生きてきたが、十数年前にタイムラプス事業を立ち上げたとき、すべての趣味を捨ててしまった。 人生で初めて仕事に真正面から向き合った瞬間だった。

 

廃業したときの私は、趣味と完全に決別していたため、本当に何もすることがなかった。 それは人生で初めての経験だった。 今でも妻に言われるが、あの頃の私は「何をしたらよいかわからず、人生の途上でさまよっている人間」のように見えたらしい。

 

私は答えを求めて手探りを始めた。

毎朝の散歩の時間に、妻と歩きながらゴミ拾いを始めた。 大したことではないが、今から思えば、あの時すでに「自分と言う人間に立ち向かいたい」という意識が芽生えていたのだと思う。 今ではその時間は二時間近くになり、距離も五キロ前後に延びて続いている。

 

三か月ほど経ったとき、私はエッセイを書く事を決意した。

私は自然科学系の技術者肌で、文章を書くことは得意ではなかった。 語学関係の書籍を執筆した経験はあるし、個人のホームページで記事も書いていたが、哲学的・文学的な方向で書くなど思いもよらなかった。 まったくの新分野だった。

 

あのとき、何を考えてペンを執ったか。

それは当時のエッセイに、はっきりと綴っていた。


エッセイ第一作『はじめに』より(引用)

 

(前略)

今までは健康な事をいい事に、後先を考えずやりたい事に夢中になって生きる毎日でした。

「自分は前向きに生きているんだ!」と豪語して、実は無責任にその時その時自分が夢中になる物だけを考えて快楽的に生きて来ました。

 

ところが、そんな自分がふと立ち止まるようになって来たのです。

そして「ああ、この先何年生きるのかわからない所まで来たんだ。」と行く先に大きく立ちはだかる壁のような消え入るような暗闇を感じるようになってきたのです。

 

すると人生で初めて過去を振りかえっていたのです。 そして振り返ってみたら、そこには恥ずかしい事、情けない事の数々が転がっているのが見えました。

 

大切な人たちにすがったり傷つけたりして生きて来た、自己中心的な我儘な姿がそこにはありました。

 

「こんな事だったのか自分が歩いて来た道は・・・」と人生で初めて悔いる思いを知りました。

 

気が付いた過去の過ちが自分を許すことは無く、やがて過去を深く反省し、少しでもできる償いをしようと本気で考えるようになっていました。

 

決してすべてを償う事はできないが、すべてを償う事に捧げて生きる事はできる。

そう考えて日々新たな気持ちで生き始めた、そんな私の独り言や詩を綴る文集です。


このエッセイを読み返すと、あの頃の混とんとした苦悩の中にいた自分がよみがえる。

昨年八月初旬、『はじめ』にから始めた毎日のエッセイは、私にとって「懺悔」の場となった。 一日も欠かさず過去を振り、心のよどみやくすぶり、その奥に沈む慙愧の念を洗いざらい引き出すことに専念した。 一見、直接関係なさそうに見えるエッセイも書いたが、そこには人生を振り返る思いが潜んでいたのだと思う。

 

なぜそう生きたのか。 それは自分と言う人間の変えられない性(さが)なのか、それとも変えることのできた生き方だったのか。

そこで何を得て、それは自分の人生にどのような意味があったのか。

自分の望みを達成できたのは自分ひとりだけの力ではないのであれば、陰で支えてくれた人たちの思いや犠牲をどう理解し、何を返してこられたのか。

今から間に合う、やり残したことは何なのか。 残された人生の余白をどう生きなければならないのか。

 

これが私にとっての哲学であり、懺悔の中身だった。

 

この思いが吹っ切れたのが、半年後の第二百作目である。

その数作前から、徐々に自分が解放されていくのを感じていた。 不思議な感覚だった。

 

哲学をし、懺悔の心境に身を置くことで、自分の人生の足跡を少しでも清めることができたような気がする。

その後ちょうど一ヶ月のあいだ執筆を止めたが、再開したときにはまったく新しい気持ちで、今のように自由に思いつくままエッセイを書けるようになっていた。

 

半年にわたったこの過程は、一言で言えば「哲学をする」という表現がしっくりくる。

人生の終末期にさしかかる今だからこそ必要なステップだったと思う。

 

見えなかったものが少しずつ見えるようになる。

遅すぎた気づきに顔を伏せることもあったが、それもまた自分の歩いてきた道だ。

最後に胸に残るのは、これまで出逢ってきた人たちへの感謝だった。

 

すべての人がこのような機会を必要としているかどうかは分からない。

ただ好きなように自由に生きてきた私は、間に合って良かったと心からそう思っている。

 

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