私が青年に託したもの

私がかつてタイムラプス撮影の個人事業を行っていたとき、「長期タイムラプス遠隔撮影システム」を開発した。

その撮影装置と技術を引き継ぎたいと、はるばる遠方の地方都市から四十歳年下の青年が訪ねてきた。

彼は映像制作会社の社長であった。

 

一目見て好感を持った。

その理由は、経営者としての能力でも、技術的な知識でもない。

彼の目に宿る、ひたむきでまっすぐな光だった。

この青年に惚れ込むのに時間はかからなかった。

 

https://mafnet.jp/blog/archives/1129

 

苦労しながら真面目に会社を育ててきた姿に、私は最低限の対価しか請求しなかった。

その後もメールで何度もやり取りを続け、運用上の技術的アドバイスを伝えた。

いつの間にか、冗談で私は彼の会社の「社外顧問」を名乗るようになっていた。 もちろん無報酬である。

ただ、楽しかったからだ。


私は一年前に廃業し、第一線を退いた

現場での機器設置には力仕事が伴い、身体的に辛くなってきたこと。

そして、開発に成功した後は仕事を回して稼ぐだけになり、興味が薄れてきたこと。

これらが廃業の大きな理由であった。

 

とはいえ、若干の寂しさや口惜しさが残っていたのは間違いない。

私は、いつも何かに集中していないと落ち着かない「回遊魚・マグロ型人間」である。

何もしないで悠々自適に暮らすと言うのは、私にはあまり魅力的ではなかった。

 

個人事業で技術開発にも傾注してきたこともあり、さまざまなノウハウや機器などの資産が手元に残った。 特に幅をきかせ、存在感を示していたのが、開発した撮影装置だった。

最初は、それらをできるだけ自分の足跡として大切保管しておこうと考えていた。

しかし、廃業から一年が経ち、歳を重ねるにつれて、少しずつ気持ちに変化が生まれてきた。


毎朝目覚めて寝室から自室に移ると、朝の柔らかな光の中で、棚に並ぶ機材だけが静かに光っている。

かつて現場で汗とともに働いた道具たちが、今は息を潜めている。

 

棚に並ぶ機材を眺めていると、息もせず、役にも立たずに年月を重ねている姿を見るのが辛くなってきた。

このまま何年も経てば、今は現役でも、やがて陳腐化して役に立たなくなるかもしれない。 そんな思いが日増しに強くなっていった。

 

こんなはずではなかった。

私の活動の「記念」として、仕事で使ったものだけは残しておこうと決めていた。

長年の趣味で得たものは、ほとんど処分したが、人生の最後に本気で傾注した仕事の道具だけは別格だった。


私は思い切って40歳年下の青年社長に連絡をとった。

ここ三ヶ月ほど、彼が長期タイムラプス撮影を受注したというのでその結果を見守っていた。

なんとか数カ月の撮影を受注し、送られてきた途中経過の映像を見ると、見事に成功しているのが分かった。

譲渡直後は心配もしたが、無事にスタートしている様子に安堵した。

 

彼は着実に事業を展開していたものの、会社の規模はまだ大きいとは言えず、余裕資金には限りがある。

半年前には最低限の台数だけを譲渡した。

長期撮影では機材が現場に固定されるため、事業継続にはできるだけ多くの台数が必要になる。

 

私はこの青年社長を心から応援していた。

だからこそ、私ができることならできる何でもしてあげたいと思っていた。

手元に残しているものは、できる限り彼に渡そうと決意し、その意向を伝えた。

 

彼からは、「数か月後の決算で資金の余裕が確認でき次第、ぜひ譲ってほしい」と返事がきた。 私はすぐに、「金のことは一切忘れていい。 繁盛・出世払いで構わない」と伝えた。

私にとっては、対価はどうでもよかった。

 

いつも冗談で「無報酬社外顧問」を名乗っていた私の気持ちは、いつの間にか変わっていた。

私は、彼に私の代わりに仕事をしてもらっているような気持ちになっていた。

 

私が彼に引き継いだものは、機材や技術ではなかった。

私が彼に引き継いでいたのは、「夢」だったのだ。

 

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