私はスペインで暮らすようになるまで、皇室は日本にしか存在しない事を理解していなかった。 だからスペインの国王と日本の天皇は漠然と同じようなステータスだと思っていた。 しかし、良く考えて見たら、「皇室」の「皇」は「皇帝」の「皇」だ。 すなわち日本の天皇は皇帝(エンペラー)なのだ。 国王とは全く異なる地位だ。
そう言えばヨーロッパの国王(キング)一族がロイヤル・ファミリーと呼ばれているのを良く聞く。 ロイヤル・ファミリーは「王室」の事だ。
日本の天皇があらためて皇帝だと気付いた時はちょっと驚いた。 皇帝と言えばローマ時代のローマ皇帝とか昔の中国の皇帝を想い出す。 多民族を統治する強大な権力を持った統治者だった。 映画とかでもその力の偉大さには驚嘆したものだ。 国王はその名の通りひとつの国だけを統治する支配者なのだから、皇帝と較べると強大さや迫力の次元は大きく下がってしまう。
もちろん、現代では皇帝・国王ともに「立憲君主制」の下で国家元首でありながら、憲法によってその権力は大きく制限され、象徴的・儀礼的な役割を担っているだけだ。 だから地位が上だとか下だとか言う話はない。 小学生の時に「天皇は日本の象徴」だと教えられ、良く意味も分からずにそのまま覚えたものだ。
日本の天皇が現在では世界で唯一の「皇帝」だと気付いた時、その存在の偉大さを改めて感じた。 戦前の日本人にとって天皇は絶対的な存在だったが、戦後の日本では世の中の平和に努められ、すべての国民に幸せと安らぎを感じさせてくれる、誰でも親しみを感じる存在となり、戦後生まれの人間には「皇帝」と言う強烈な印象は遠ざかってしまった。
私が留学していた当時のスペインは、40年近いフランコ将軍による軍部独裁政治がその死去とともに終わりを告げて10年も経ってない時期で、国王フアン・カルロス1世の下、民主化が進められていた最中だった。 それだけに国民の国王に対する尊敬や称賛は高く、彼らの自慢でもあった。
そんな最中、日本から皇太子殿下ならびに同妃殿下(現在の上皇・上皇后陛下)がスペインを公式訪問される事になった。 私はその情報を大学の学生寮で一緒に暮らしていたスペイン人学生達から知らされた。 彼らは興奮して大騒ぎをしていた。 それと共に、日頃口を交わした事のない学生達までが私の所に来て、歓迎とお祝いの気持ちを興奮しながら伝えてくれた。
昭和生まれの私にとって、皇太子殿下ならびに同妃殿下は、「明仁親王と美智子さま」として長く親しみを以って身近に感じて来た存在だったが、スペイン人の学生にとっては「日本の皇帝と皇后のご子息の皇太子と同妃」と言う、とてつもなく高貴で遠い所におられる存在だったのだ。
皇太子殿下ならびに同妃殿下は私が住んでいた「中世の王室の首都」であったヴァジャドリッドと言う都市から100Kmほど離れた「中世の学問や文化の中心」であったサラマンカを訪れる事になっていた。 当日、私は学生寮の仲の良い学生達数人と共にサラマンカに行って両陛下がお着きになるのを待った。 やがて首都のマドリッドからヘリコプターでサラマンカの歴史ある建物に囲まれた中央広場のすぐ近くにお二人が到着した。 1985年2月28日の事であった。
間もなく黒塗りのクラシックカーに乗られたお二人が中央広場に現れた。 広場は群衆で埋め尽くされ人々は大歓迎で興奮状態だった。 学生寮の友達たちも興奮で目を輝かせていた。 両陛下は広場を見下ろす建物のバルコニーから手を振られた後、広場の中に敷かれた赤い絨毯の上を歩かれて、広場を出たところにある800年近い歴史を誇るサラマンカ大聖堂に歩いて向かわれる事になっていた。
赤い絨毯のすぐ脇に陣取った私達は今か今かと待っていた。 私の横には、学生寮で私の隣の部屋に住んでいるもう一人の外国人留学生がいた。 彼はクウェート人で私を兄か親分のように慕っていてくれた。 私は彼にカメラを渡し、皇太子同妃ご夫妻が通過される時に私と一緒に写真に入る様に撮影を頼んだ。
遂にお二人が目の前に近づいて来られた。 最初に私に気づかれたのは皇太子殿下だった。 まさかこんな所で日本人に出くわすとは思われなかったのだと思う。 私の目に訴える物があったのか、皇太子殿下はすっと私の方に寄って来られた。 次の瞬間、私は握手を交わさせて頂いていた。 殿下は満面の笑みをたたえておられた。
すぐ後を歩かれた皇太子妃殿下が、私に「日本の方ですか?こちらに住んでおられるんですか?」とお尋ねになった。 私は興奮してなんとお答えしたかは覚えていない。 もしかしたら舌がもつれて「あわわわわ・・」と言っていたかもしれない。 そして気付いたら皇太子妃殿下とも握手を交わせて頂いていた。
一瞬の出来事だったのだが随分長い時間に感じた。 すぐ後ろを歩いて来たスペインの護衛官が寄って来て、何かあってはいけないと思ったのか、私のその腕を下にパ~~ンと叩き落とした。 お二人はそのまま前に進んで行かれた。
とんでもないあり得ない出来事だった。 日本から遠く離れたスペインで、スペイン人に埋もれた中から突如現れた「若くて元気一杯の人懐っこそうな顔」をした日本人だったので、お二人とも握手は特別にご対応されたのだと思った。 なんと言うお気持ちであろう。 そして私にとってはなんと言う幸運であろう。
私は嬉しくて興奮状態だった。 学生たちを振り返るとみんな目を輝かせて大歓声を上げて興奮していた。 撮影を頼んだクウェート人の学生を見るとまだ口を開けて唖然としたまま放心状態だ。 「写真うまく撮れた?」と聞くと想像を絶する出来事に身体が動かなかったらしい。 「あ!忘れた!!」と叫んだ。 私は彼のドジで一生の記念になったであろう千載一遇のチャンスを捉えた記念写真を逃した。
彼の国クウェートは小さな国なので、国王と言う概念はなくエミールと言う首長がおさめる君主制国家だ。 そこで生まれ育った彼にしてみれば日本の「皇帝の直系の皇太子」はまさに伝説上の雲上人であったに違いない。 その雲上人とニコニコ笑って私が握手をして声を掛け合ったのだから、茫然自失となったのは無理もなかった。
私はこの出来事の後、何故スペインの学生達があんなに歓迎し、私を祝福したのか良く考えてみて、その訳が分かった。 彼らは民主化のリーダーとなった国王フアン・カルロス1世を心から愛し尊敬していた。 彼らの誇りである「国王」よりも高いステータスと理解されている「皇帝一族の陛下」がご訪問されたからである。 日本人としてこんなに誇り高い事はないだろうとみんなが固く信じ、我が身の出来事に置き換えて感激したからであった。
日頃、天皇陛下と言う存在を深く掘り下げて考える機会は少なく、国民の為に真心を寄せて下さるかけがえのない存在だと考えている。 しかしそれと同時に、我々日本人が胸を張って世界に誇れる、世界で唯一の「皇帝」だと言う事を忘れてはならない。
私はこんな事があってから、日本の皇族の方々を誇りに思う気持ちが一層強くなった。 あのサラマンカで私に笑みを浮かべながら優しい言葉をかけて下さった寛大な皇太子殿下ならびに同妃殿下(現在の上皇・上皇后陛下)が、こんな私と握手をして下さった想い出は、私の生涯の宝物となっている。