今の私はただ夢中になれるからnoteでエッセイを書いている。 有料記事で収入を得る訳ではないし、仕事の宣伝をする訳ではないし、有名になってファンを作りそれを自分の人生プロジェクトの推進剤としたいとかの二次的効果を狙っている訳でもない。
少なくとも金銭的には、直接・間接を問わず一銭にもならない事に精を出している。 現役引退した身なので、暇を潰し、かつ多少なりともの生きがいを感じる為には大変有効な方法である。 そして、何よりも人生のこの段階で自分自身に真摯に向き合う事が出来る最良の場となっている。
私の投稿に「スキ」を下さった方のページは必ず訪れて、色々な記事を楽しませて頂いている。 私の投稿に関心を示して頂いた方には、何か心の共通項があるかもしれないので、拝見するのは大変楽しみだ。
他の方々のページを拝見すると、大きく有料記事などで収入を狙っている物とそうでない物に二分される。 自分自身が「収入」に関心がないので、大変申し訳ないがその手のページはスルーしてしまう。
最初の内は、大変失礼だが「何でこんな素晴らしい世界にお金を持ち込むんだろう」と少し不快に思っていた。 しかしそれは飛んでもない考え方で、実はその人達のおかげで、自分がこの環境を使う事が出来ていると言う事を全く理解していなかった。
あまりにも頻繁に有料記事に出くわすので、そもそもnoteと言うものが経済的に成り立っている仕組みについて以前から知りたいと思っていたので、この際調べてみる事にした。
https://note.com/apple_ringo/n/ne2582fe7f90a
(この記事がとても分かり易かった)
noteを始めた当初、何故こんな素晴らしいプラットフォームが無料で使えるのか良く分からなったが、特にそれ以上深く考え様ともしなかった。 ただ、有料記事があるのは知っていたが、漠然とそれが全体でこのシステムを賄えるほどの収入につながっているものだろうかと疑問に思っていた。 今回調べてみてとてもすっきりした。 それと共に自分の置かれた立ち位置が良く分かって来た。
noteはとてもシンプルかつオープンな空間で、色々な関わり合い方ができる。 私の様に金稼ぎの意図は全くなく、無料でコンテンツを「提供」しているユーザーが大半を占めている。 一方、有料コンテンツを提供しているクリエイターはその記事が売れれば、その売上の一部をnoteが販売手数料として得る仕組みだ。
更に、noteは出版社などの協業パートナーと連携している。 優れたクリエイターの有料コンテンツを出版社に提供し、手数料収入を得る仕組みになっている。 出版社は提供された優れたコンテンツをまとめ、本として出版して利益を得る事ができる「Win-Win」の関係だ。
このようなnoteのビジネス・モデルの中で、私は有料コンテンツを販売しないだけではなく、有料コンテンツは絶対に見ない(買わない)ので、noteにとっては直接金を生まない「居候(いそうろう)」のような存在だ。 多額のビジネス投資をしたプラットフォーム上で、「利用するだけ利用している」noteにとっては一見迷惑な存在だ。
しかし直接的には「お荷物」でも、もし良い記事を公開していれば、それに少しでも興味を持った「将来の有料コンテンツ配信クリエイター」が新たにnoteに参加してくれる可能性を生み出すと言う重要な役割を果たす事ができる。 記事の公開の際にSNSで連携発信している事も大きな助けになるはずだ。 また有料コンテンツを利用(買う)する一般ユーザーも新たに参加してくれるきっかけを作る事にもなるだろう。 私を歓迎してくれるとしたら、私が良い記事を公開すると言うその一点で役に立つと言う事だろう。
noteのビジネス・モデルの要になっているのは、有料コンテンツを販売しているクリエイター達だ。 私がその人達の存在を多少なりとも疎ましく思ったのは飛んでもない間違いだった。 自分を大変恥ずかしく思い、深く反省する事になった。
とにかく私がこの快適な環境を自由に使い、自分の人生に生かす事が出来ている事について、当たり前のような顔をして、あぐらをかいていてはいけないと思った。
ビジネスとして運営されているこの環境は、決して慈善事業ではない事を肝に銘じて、自分の役割を果たして「場所代」だけはきちんと払う義務を果たさねばならないと気を引き締める事になった。
今までは、心の何処かに何か割り切れない後ろめたさがあった。 それが、この自分の役割をきちんと果たす事により、むしろ積極的にnoteのビジネス・モデルの一部に僅かでも関わる事になると分かり、とてもすっきりとした今まで以上に前向きな気持ちになっている。