30歳過ぎでこの家を建て住み始めてもう40年経つ。 私の人生の大半はここで寝泊まりした事になる。 決してお屋敷とは呼べない質素な建物ではあるが、床や壁の傷とかいたずら書きとか見ていると、小さな子供が育ってこの家を巣立って行った記憶とか、人には言い難い色々な家庭内の出来事とかが次々に思い浮かんでくる。
良くある作りで子供部屋と夫婦の寝室は2階にある。 子供が巣立った後は、子供部屋が私の仕事部屋と寝室に、それまでの夫婦の寝室は妻の専用空間になった。 トイレは1階にしかないし、昔も今も一日中上下の行き来は多い。 その役割をずっと担って来てくれたのが階段だ。
1階と2階をつなぐ階段では何度も「事件・事故」が発生した。 今は家を巣立った子供達がまだ同居していた頃から事は始まった。 いずれも2階から1階に降りて来る時に発生した。
息子が、まだ5~6歳くらいの時だった。 朝、目が覚めて2階の自分の部屋からトイレに行く為に1階に降りて来ようとしていた。 洩れそうだったのか、寝巻のズボンを半分下げてあわてていたらしい。
ちょうど階段下にいた妻が上を見上げていると、息子は「あ!あ!あ!」と声を上げながら、ピッ!ピッ!ピッ!と階段一段ごとにおしっこを前に飛ばしながら降りて来たのである。 怒る訳にも行かず、妻は笑いながら後始末をする事になった。 まぁ歳からしてもありがちな笑い話である。
娘が、高校生の時だった。 夜、階段を降りて来た。 「あ、来たな」と足音に気づいた1階の居間にいた私の耳に次に聴こえたのは「ぎゃっ!」と言う悲鳴と「ドン!ドン!ドン!」と言う音だった。 娘は最後の数段で階段を踏み外し、お尻を各段に落としては弾みながら降りて来たのだった。 ややポッチャリしたお尻がクッションになって大事には至らなかったようだ。 箸が転んでもおかしい年頃の娘が、「自分自身がおかしくて笑いこけていた姿」はとても印象的でいまだに忘れられない。
良く見てみると、木で出来た階段は確かに滑りやすい事に気が付いた。 そこで、私はホームセンターに行って、階段の角にテープの様に貼り付けて使う滑り止めを買って来た。 それをすべての段の端に貼った。 これは効果抜群で、もう階段の角で足が滑る様な事はなくなった。
裏側が粘着テープになっている階段の滑り止め
その後、子供たちは巣立って行った。 後に残されたのは妻と私だ。 実は我が家の階段は2階から1階に降りて来ると、最後の3段が段階的に左を向く形になっていて最後はぐっと横を向いて1階の床に到達する様になっている。
上から下りて来ると階段の最後が大きく曲がり、歩幅も広くなる
昼間はまず問題ないのだが、夜薄暗い時に何度か「おっとっと!」と、最後の一段が残っているのに1階の床かと思って、足を大きく前に差し出して降りようとして踏み外しそうになるのである。 なんとか姿勢を維持したまま最後の一段を飛ばして、1階の床にドン!!と大きな音を立てて落ちた事が何度かあった。 意識して飛び降りた訳ではないので、あの落差で姿勢を保てたのは幸運だった。
階段の天井には小さな電球を使った照明があるだけで、それほど明るくない。 そこで階段の最下部あたりに、乾電池で動作する野球ボール位の大きさのセンサーライトを置くようにした。 しかしセンサーが感知するように斜め上を向けて設置するので、点灯すると大して周りを明るく照らさない割に眩しくて真っ暗な夜中にはかえって肝心な足元が見辛くなってしまった。
それでも何年か使って来たのだが、ついに先日やらかしてしまった。 私が早朝まだ暗い時間にトイレに2階から下りようとした時、最後の数段目で踏み外してしまい「ずこ~~ん!バタバタバタ~!」と尻を落として倒れ込んでしまったのだ。「わぁあ~~」と声もあげた。
そのすごい音と声で妻が飛び起きて来た。 頭を打たないで本当に幸いだった。 情けないのは、手すりを掴んで降りて来たのにこけてしまった事だ。 いつかやるか、やるかと思ってはいたが、ついにやってしまった。 もう笑うしかない。
私は歳を悟った。 今度またやらかしたら命取りになるかもしれない。 こうなったら、もう超強烈で目が覚めるような照明をつけるしかないと思った。 そこでAC100V電源で動作するセンサーライト、それも室内用なんてヤワな物は最初から除外した。 庭などの屋外で使用する強力に眩しく真っ白く明るく輝くLED製品を取り付ける事にした。
(夜中に撮った写真)真昼間の様に眩しく照らす野外用センサーライト
(夜中に撮った写真)真昼間の様に眩しく照らす野外用センサーライト
これは正解だった。 階段を上る時も下る時も目の前は真っ白に明るく照明され足の踏み外し様がなくなった。 まるで真昼間の眩しさだ。 夜中に寝ぼけ眼でトイレに起きても、階段で瞬時に完璧に目が覚めるようになった。
階段が途中で大きく曲がっている階段は、それが一番下だろうと、一番上だろうと、途中であろうと要注意だ。 そういう場所は得てして手摺もちょっと途切れていたりするし、そうでなくても手摺から手が外れる事がある。
娘は嫁いだし、息子は海外勤務で海外での生活に慣れてしまったので、帰国しても都会のマンション生活を選択するのは間違いない。
この家も私が棺桶に入り、妻が最後まで見守ったあとは間違いなく跡形もなく取り壊されるだろう。 あの家族の思い出深い出来事の舞台となった階段と共に。



