私は映画「男はつらいよ」の寅さんが大好きだ。 もう何十年もファンで、シリーズ全50作はすべてPCのハードディスクにおさまっていて、すぐに観る事ができる。 もう何回観たか数え切れない。 エクセルで作った全作品のデータベースの巨大な一覧表があり、たくさんの項目が毎作どのように変わって来たかが一目瞭然で分かる様になっている。
映画の中の寅さんの個性が好きなのは言うまでもないが、私が感銘しているのは、渥美清が生涯をかけて全50作を作り上げたことだ。 映画の公開は第1作が1969年で第49作が1997年だ。(第50作は回顧編) 28年間演じ続けたのだ。 41歳から68歳までだった。
あまりにも「男はつらいよ」がヒットしたので、寅さんのイメージが定着してしまい、結果的にこれ一本になってしまった。 そして、晩年は肺がんで苦しみながら寅さんを演じ続けたと聞く。 確かに晩年の作品にはやつれた顔であの茶色いボロカバンに腰かけて撮影されたシーンが多い。 だからこそ「男はつらいよ」シリーズを見ていると、迫力を以って個性あふれる人間像を描いた寅さんの一生がリアルに感じられる。
シリーズの最後の方は甥の満男に焦点を当て、駄目で優しい満男が泉ちゃんと相思相愛で結ばれる直前まで見届けると言う、歳をとった叔父さんの役を終えて終わる。 本当に自分の半生を掛けて寅さんの半生を演じきった渥美清は、俳優として素晴らしい仕事をやり遂げたと思う。
他にも身の周りに何か一つをやり通したり、やり通している人達はたくさんいる。 親戚に何人か医学の道に進んだ人がいる。 多くは臨床医と同時に研究医として研究に打ち込んで来ている。 終わる事がない、まさに死ぬまでのライフ・ワークだ。
99歳で亡くなった、町の開業医から始めて総合病院まで築いた叔父は、第一線を退いた後も亡くなる直前まで病院の一室で研究を続けていた。 子どもの時、以前に庭に埋めた愛犬の死体を掘り起こして骨格の勉強をしていたそうだ。 まさに生涯をかけた医者人生だった。
72歳で亡くなった私の父は、戦争で戦艦伊勢に乗って従軍し無事終戦を迎えたが、いったい何が世の中の真実で正義なのか知りたくて経済学の研究者になった。 亡くなる直前まで専門の関税政策についての全集を執筆していた。 どんな分野でも研究者にとって研究は生涯をかけた仕事だ。
女房の昔から知り合いで、数年前から女房にピアノを教えてくれている方がいる。 歳は同じくらいの高齢者なのだが、まったく暇がないようだ。 彼女は有名音楽大学のピアノ科を卒業して、結婚後もずっとピアノ教室を開いて来た。 またプロのピアノ伴奏者として合唱や楽器演奏の伴奏に引っ張りだこの様で、女房との月1回のレッスンの時間を捻出するのに苦労しているとの事だった。 音大を卒業した方には生涯なんらかの個人でできる活動をされている事が多いようで、本当に素晴らしい人生だ。
翻って、私はこの歳に至るまで何か一つをやり通して来た物は何もない。 いつもその時その時に目を惹かれた物に夢中になって生きて来た。 しかしどんな事でも、一定期間が経ち、その世界である所までやり通すと、興味は次の対象に移ってしまうのだ。 言ってみれば惚れっぽい浮気者だ。 実際にそうだったので何も言えない。
私は小学生時代から自然科学に興味を持ち、常に本をノートにまとめたり研究の真似事をしていた。 今思い起こしても、真っ当に成長していたら自然科学・技術分野の研究者になれていた可能性はあったかもしれない。
しかし人間は頭だけでは形成されず、持って生まれた性(さが)と言う物が大きな部分を占める。 私はそれに従って高校時代あたりから横道にそれてしまった。 おそらくもう一度人生をやり直しても結果は大して変わらないだろう。
私にとって生涯を一つの研究に捧げるような生き方は憧れだ。 私には絶対できない「何か一つをやり通して」生きて来た人達は、私から見たら間違いなく「偉人」だ。 心から尊敬し、称賛せずにはいられない。