時々帰省する息子とは夜遅くまでお互いに記憶が無くなるまで酒を飲み交わす。 息子が会社の出来事とか色々話すと、時々「え?なんで?そんなのはっきり言っちゃえばいいじゃない?」と言いたくなるような話が良く出て来る。
息子はあわてて「そんな事言ったら今はセクハラ!!!」と言う。 「じゃ、上司に頼んで一発ガツンと言ってもらったらいいじゃないか」と言おうものなら、顔を赤くして「そんな事言ったら今はパワハラ!!!」と言う。
どうやら今の時代は何をやっても、一歩間違えばハラスメントになってしまうようだ。 私がもうちょっと若かったら、ハラスメントが騒がれ始めた時代に会社勤め現役時代が重なっていたようだ。 危機一髪のスレスレのタイミングだった。 もちろんセクハラもパワハラもである。 事例は思い出し切れないほどある。 息子に聞いた基準で行くと、私は少なくとも100回は会社を首になるか訴えらえるかしたはずだ。
ただし、私が今なら訴えられるであろうハラスメントには、相手を傷つけたり、ましてや悪意をもって行動したものは一切ない。 少なくともその時の私の価値観と基準では丸く収まるものばかりであった。
会社での人間関係はハラスメントが騒がれるようになったせいでガラッと変わったようだ。 男性は酒の場だけでなくとにかく女性との同席を避け、会社からも男女社員1対1での飲食などは禁止令が出ている。 上司は部下への指導を躊躇し、我慢の限界まで堪え、いざとなっても思いを殺して慎重に何分の一かのパワーで発言をする。 それでも部下が思うように動いてくれないなら、自分で動くしかない。 誰でも無用なトラブルに合わないように行動と発言は必要最小限に抑える。
前時代を生きて来た私からすると誠に滑稽な話である。 しかし職場のハラスメントは法律で規制されていて、会社にはその防止措置が義務化されているので、世の流れとしては益々厳しくなっている様子だ。
言っている事は分かるし理解はするが、そのせいで人と人の距離がどんどん遠くなって行く気がする。 もちろん、昭和の常識がすべて正しいとは思わないが、あの頃は女性社員と話す時に親愛を込めて軽くポンとお尻を触ったり、上司が部下を怒鳴りつけたり物を投げたりするのは当たり前だった。 今なら即刻退場である。 今や法律で規制されているのだから、事は深刻だ。
弱者は当然守られなければならないが、数十種類もの「○○ハラスメント」が採り上げられているのには驚かされる。 それらを個別に見れば確かに問題として認識しなければならないのは分かるが、それには重さと言うか力のかけ方に差があって然るべきだと思うが、余り大きな差がある様には見えない。
今や、人間関係はお互いに「腫れ物に触る」ようだ。 しかしあまりに過敏になってしまうのは、いたずらに人間関係に距離を空けてしまうような気がする。 人間関係が希薄になり、夫婦関係も希薄。 面倒臭いと言って結婚生活すら否定して生涯独身者が増えているのとも全く無関係ではない様な気がする。
思い起こせば、ハラスメントが問題化される以前の昔は、職場の人間関係は男性社員も女性社員も和気あいあいとして家族の様だったし、女性社員と飲みに行くのは仕事を円滑に進めて行く為にも男性社員の責務であった。 怒鳴った上司と部下は得てしてその後信頼関係を深め合い、転勤の時は涙で別れを惜しんだりしたと言うように、総じて人間的な温かさがあった。 そんな時代を生きて来た私としては、今の希薄化しつつある人間関係にはちょっと寂しさと不安を感じてしまう。
権利ばかりが採り上げられ、その裏返しの義務が増える。 愛とか思いやりと言った感情面に始まる人間性と人間性の関わり合いの大切さは、まるで価値が無い様に隅に押しやられる。 もうちょっと何とかならないかと思いながら今の風潮を眺めている。