もし自分が生まれ変わったら、今まで生きて来た自分と変わった人間になれるのだろうか? つまり、人生を丸ごとやり直せるだろうか? 時々そんな事を考える時がある。 それは、もしやり直せるならこの人生を深く後悔するが、やり直しはできず生まれ変わっても同じ結果になるんだったら後悔しても仕方ないのであっさりと諦めがつくからだ。
もちろん、人間は死後生まれ変わると言う輪廻転生が空想の話ではなく、しかも同じ人間として生まれ変われると言う前提での話だが。
自分の場合、いくら今世での反省を沢山抱えたまま生まれ変わったとしても、多少極端に悪いところを手加減する程度で、自分の欲望に従った通りに生きると言う基本的な行動特性に変わりはないんじゃないかと思う。 それは自分の持って生まれた先天的特性だと思われるからだ。
自分の個性を記憶や親の言葉も含めて遡ると、幼稚園時代から園内にあったジャングルジムのてっぺんに登って立っておしっこをしたとか、お友達に手を上げたとか(母に毎朝右腕に赤いリボンを巻かれた。手を上げた時にリボンを見て母を思い出せと・・・。)とにかくあまり素行がよろしくない子供だったようだ。 親も相当手を焼いたのではないかと思う。
自分の生まれ育った家庭環境は非の打ちどころがなく、これ以上の物は望めないと言っても良いくらいだった。 父親も母親も立派な人間なのに、そこからこんな子供が生まれたのであるから、これは先天性以外の何物でもない。
天才と〇〇は紙一重と言うが、実際に飛びぬけた才能を発揮している方が、ちょっと普通の人とは違う感性を持っていたりするのは良く見かける。 どちらも先天的なものであると言う証拠であろう。
8歳でツィゴイネルワイゼンを弾いて世界を圧倒したヴァイオリンの吉村妃鞠(ひまり)ちゃんは誰もが疑うことのない天才である。 世界中の音楽家や指揮者が彼女には生まれた時から身体の中に神が宿っているとしか考えられないとも言っている。 3歳半でヴァイオリンを習い始め6歳でプロ・オーケストラと共演して世間の驚きと注目を集めた彼女が、わずか3,4年で超高度な演奏技術をマスターした事自体が驚きであるが、彼女が凄いのは大人顔負けの音楽性・表現力を持っている事だ。
技術は努力の積み重ねで身に着ける事ができるかもしれないが、音楽性・感情表現力は人間の成長と共に身に着くもので、幼少の子供が努力して得られるものではない。 20代のプロ・ヴァイオリニストにも負けない、あるいはそれを超えている音楽性・感情表現力は、持って生まれたとしか説明のしようがないのである。
どうやら自分と言う人間はありのままを受け入れて認めざるを得ないようだ。
そう簡単に変えられるようだったら、世の中良い人だらけになっているはずだ。 とっくの昔に。