~目 次~
- はじめに
- 中学校~大学で学んだ英語
- スペインで学んだスペイン語
- 独学で制覇した韓国語
- 独学で手を染めたアジアの言語
- おわりに
- はじめに
私にとっていつも人生の最大の相棒であり続けた「外国語」は誰にとっても人生を豊かにしてくれる存在であると確信している。 外国語はその言語が話される文化の奥深くに触れる事を可能にし、間違いなく新たな人生体験をさせてくれる。 そしてひとつでも多くの外国語を学ぶ事ができれば、その分だけ多くの人生を生きる事が出来る。
こんな素晴らしい可能性に少しでもチャレンジしてみたいと思う方のお役に立てればと思い、外国語学習のヒントをお伝えしながら、マルチリンガルが実際にどのように人生を変えうるかを、私の実体験に簡単に触れながらお話し出来ればと思う。
- 中学校~大学で学んだ英語
多くの日本人がそうであるように、私の第一外国語は英語だ。 それは幼少の時からのアメリカへの憧れが原動力になり、中学校入学と共に英語を熱心に勉強する事から始まった。
語学は何と言ってもコミュニケーションのツールである。 私は中学入学と同時に雑誌で紹介されたアメリカの同学年の女の子と文通を始めた。 英語を習い始めると同時に文通を始めると言うのはちょっと無謀である。 しかし学校の英語の先生にお願いすれば必ず助けてくれるはずだ。 私も職員室通いを重ねて文通を始めた。 自然と英語の勉強の意欲が湧き、いつも前向きな姿勢になれたと思う。
一番力になったのは週5日放送されていた「NHKラジオ英会話」と「NHKラジオ続・基礎英語」だった。 ラジオ英会話の松本亨先生のどっしとした声で教材を通して紹介するアメリカでの会話シーンが、すごくリアルに私をまだ見ぬ世界に惹きつけた。 学校での授業にプラス・アルファとなるこの勉強が私の英語学習を一歩先に進めてくれ、それが自信につながり学習意欲を駆り立てた。
ラジオ講座では暗記することを薦めていた。 ならばと始めた暗記勉強法が、英語学習の要となって効力を発揮した。 最初はラジオ講座のテキスト1日分の丸暗記から始めた。 目を閉じて暗記したダイアログを音読できれば合格である。 それができるとテキスト1冊1ヶ月分をまとめて暗記に挑戦した。 最初はとても無理そうに感じたが努力すれば必ずできる。
私が学校の英語の成績面で大きく突出できたのは、学校の英語の教科書の丸暗記を始めたことだった。 中学校の英語のテストの問題を良く見てみればわかるが、教科書が横にあれば必ず100点がとれる問題になっている。 つまり教科書を丸暗記していれば、注意不足による間違いは除いて必ず100点がとれるのだ。 英語だけに限らず、語学学習の要は「丸暗記」である事を心得ておくと良いと思う。
ラジオ講座テキストの暗記で鍛えたので、学校の教科書の暗記も2年生の分までは全く苦労無しで暗記ができるようになっていた。 3年生の英語Ⅲになるとさすがにボリュームも増えてかなり大変になるが、努力すれば必ず卒業時に英語Ⅰから英語Ⅲまでの教科書を通して丸暗記音読できるようになっている。 ここまで来ればこの先も怖いものは何もない。 高校でも大学でも英語の授業は一番楽しくなっているばずだ。 成績は折り紙付きだ。
語学の学習の仕上げとして必要なのは実践の場である。 知識として学んでもそれだけでは役にたない。 実戦訓練を重ねて、考える事なしに反応するように身体に沁み込ませなければならない。
私の場合は大学に入ってからアマチュア無線交信で毎日数時間アメリカ人との交信に没頭した事がとても良かった。 これが日常的になれば、あとは実際に相手が目の前にいるかどうかだけの違いになる。 今はアマチュア無線でなくてもオンラインでネイティヴと会話できるチャンスや方法があると思うので、是非そういった機会にチャレンジすると良いと思う。
私は英語を通してアメリカへの夢を燃やし、アメリカに憧れて青春時代を過ごした。 民主主義のリーダーとして素晴らしい国民性を持ったアメリカを知ることによって私の価値観の基礎を築き上げる事ができた。 英語を学んだお陰であった。
- スペインで学んだスペイン語
32歳の時、私は幸運にも勤務先の要請で1年とちょっとスペインのヴァジャドリッド大学に留学した他、地元の銀行で業務研修する機会を得た。 私は英語に浸った青春時代を過ごしてすっかり「アメリカ至上主義」だったので、当初スペイン留学もスペイン語の学習自体も余り乗り気ではなかった。
しかし英語の時とは逆で、最後の仕上げの段階と言うべき「実践」の場にいきなり身を置かれた事が、私に新しい可能性と学習の方法を体験せてくれた。
学生寮でスペイン人学生達と毎日24時間一緒に過ごした事は大きかった。 同じ留学生でも、学生寮生活を嫌ってファミリアと言う一般家庭での下宿生活を選択した人とは雲泥の差が生あったと思う。 朝から晩まで学生に取り囲まれ、絶えず私の部屋に出入りする仲の良い学生達、毎食食堂で一緒に食事する全寮生、彼らと一緒に遊ぶ休日など、プライバシーはほぼ無い。 彼らにとっても遠い日本から来た人間は興味の対象なのである。 それこそ箸の上げ下げまで口を出す様に私のスペイン語の誤りを指摘して直させる。 朝まで酒を飲んでディスコで騒いだ帰りに、早朝の居酒屋でコーヒーを飲んでる時まで直されると「いい加減にしてくれ!」と言いたくなってしまう。
私が1年程度で10年間学んで来た英語と同レベルまだスペイン語を身に着けられたのはこのお陰だったのである。 もちろんその間スペイン人の個人教授のレッスンには付いた。 文法的、慣用的に理解が出来ない点など徹底的に質問をして先生を悩ませたと思う。 しかしそれも最後の方ではレッスンはどうでも良くなって、今日はリラックスしましょうとか言って隣の村にドライブしてコーヒーを飲んで過ごしたりした。
今は昔と違って短期の私費留学プログラムはたくさん存在している。 自分に可能な範囲で是非活用されたらいいと思う。 期待を絶対裏切らない成果が待っている事を保証する。
スペインでの生活体験は、私の考え方を180度変えてしまった。 それまでのアメリカ至上主義がひっくり返された。 スペインでラテン文化とその価値観に触れ、それまでのアメリカは私にとってお行儀の良い「教科書」であったと感じ、それに対してスペインは自由に生きる「バイブル」だと強く感じた。
- 独学で制覇した韓国語
47歳の時、仕事でアジア・オセアニア地域の担当になり、出張を重ねる事になったのがきっかけで、アジアの言語を身に付けようと思い立つようになった。 最初に手を付ける事になったのは韓国語だった。 実は、韓国出張は気が進まなかった。 韓国に対してはネガティブな印象を持っていたからだ。
ところが渋々降りた金浦空港で拾った個人タクシーに乗った瞬間からその先入観は崩れ始めた。 年配の運転手が、日本統治時代に身につけたであろう日本語で優しく親しげに話しかけてくれたからだ。 それまで韓国人は誰でも100%日本人に敵意を持っていると思っていたからだ。 ソウルの街中を走るとその風景や裏通りの人々の暮らしている姿は、どの外国より見慣れた日本に近いのに驚いた。 更に仕事で接した韓国人達にはすごく親近感を感じた。
帰国後、韓国語学習の火蓋が切られ爆走が始まった。 韓国の衛星放送を契約し、毎日ドラマを3本録画して帰宅後夜遅くまで観た。 衛星放送では日本語字幕が出るので勉強にはうってつけだ。 特に好きになったドラマや映画はDVDを買って繰り返し観る様になった。
韓国語は日本の隣にあるだけあって、日本語とのつながりが大変強い。 歴史的には、日本語が韓国語につながりが強いと言った方がいいのだろう。 もっと言えば、中国・韓国・日本語の3か国は同じ漢字語の世界なのである。 韓国語の単語の多くは漢字で書いたものを韓国語読みしている。 それが15世紀になってハングル文字と言う日本語で言えばかな文字が制定され、以降ほとんどがハングル文字と言う表音文字で表記されるようになった。
なので日本人が韓国語を学ぶのは韓国人が日本語を勉強するより遥かに易しい。 各漢字の韓国語読みは発音が日本語読みに近いものが多い事もあり分かり易い。 日本人にとっては、表音された韓国語がどの漢字であるか分かればほとんど意味がわかるし、日本語で言いたい事の漢字を思い浮かべ、それを韓国式に発音してやれば、一応韓国語で表現ができてしまうからだ。 韓国人にとっては、今では漢字を知らない世代が増えているので、漢字を媒介した意思疎通ができずにそのようには行かない。
もちろん、韓国ドラマを見ているだけで勉強する事はできない。 漢字語以外に沢山の固有語もあるし、読み書きはある程度できるようになっても、発音が後に続く音によって変化したりするので、スピーキングよりヒアリングの難易度が高い。 今でも当時買った韓国語の参考書類は数十冊残っている。 本屋を訪れて見た事のない参考書を見つけると、使う使わないに関わらずとにかく買い漁った。 とにかく独学で学ぶためには貪欲に材料にしがみつかなければならないと思う。
韓国語でもそれまで言語での経験と同様、韓国に仕事や趣味を通して何人も友人が出来て、実践経験を積めた事が最後に大きな助けになった。 独学ながら、この韓国語は私の第三外国語としてしっかりと実用レベルまで習得する事ができた。 それはありとあらゆる方法に貪欲にしがみ付き自己鍛錬に励んだからだと思う。
韓国語は私の韓国に対する偏見を払しょくしてくれた。 そして日本が一番大事にしなければならない隣国であると確信させてくれた。 お互いにとって不幸な過去があった為にいまだに両国の間にはわだかまりが残っていて、事ある度に噴き出している。 私はそんなニュースを見ていても、真実を理解していると言う強い自信が穏やかな気持ちにしてくれている。 いつか全てが氷解する時が来るだろう。
- 独学で手を染めたアジアの言語
仕事でアジア各国を訪れながら、この後タイ語、タガログ語(フィリッピン語)、中国語と勉強を始めて行く事になった。 ここまで来て肌で感じるようになったのが習得の要領とスピードの向上であった。 新しい外国語に手を付ける度に習得の要領とスピードは飛躍的に向上していた。 最初の英語は10年もかかったのに、スペイン語は現地留学したのだから1年しかかからなかったのは当たり前として、あとの外国語は独学である。 新たな外国語の習得にかかる体力は、新たな外国語になるたびに前回より少なくなって行く。 特に最初の三か国語の変化は大きいようだ。 そこを乗り越えるとかなり楽になる。 最初の英語は歯を喰いしばり、二か国語目に挑戦できたら次はかなり楽になる。
その理由は自分が肌で感じる事ができる。 自分の頭の中の何処をいじめれば良いのか分かってくるからである。 また各言語の特徴が分かり、どこに焦点を合わせて勉強したら良いかの理解が早くなる。 だから勉強の仕方・要領がおのずと分かるのだ。 もちろん、どの言語も高いレベルまで目指すのであれば時間をかけた鍛錬と努力が必要になる。 しかしそれも辛さや漠然とした不安感より、前向きな期待感がリードしてくれる様になる。
タイ語、タガログ語、中国語への挑戦を始めたのはアジアの世界を観て、たまらなく共鳴するものを発見したからだ。 スペインで心を解放されて「自分が目指す世界はこれだ!」と確信して来たのだが、そんな自由な気持ちで足元のアジアの世界を観たら、改めて自分が東洋人である事、そして自分のルーツがここにあると言う事を強く感じるようになった。 たまらなくなってその世界を少しでも良く知るためにその言語の勉強を始めた。
この最後の三か国語については比較的簡単な会話レベルまでではあったが、それでも実際そのおかげで、訪れる度にどれだけその国の人達と交流を重ね、深い世界を知り体験する事ができる様になったか分からない。 外国語の先生やプロになる訳ではないのだから、簡単な会話レベルまで自由に操れるようになれば十分に納得できると思う。
- おわりに
私の学んだ六か国語は、間違いなく私の人生を大きく変えて前に進めてくれた。 その度に新しい世界が待っていて、次のステージに誘ってくれた。 私の人生にこれらの外国語がなかったらと言う状況は、全く想像する事すらできない。 間違いなく、全く根底からひっくり返されるほど違った人生になっていたと思う
私は常に外国語と言う「乗り物」に乗って世界を、そして人生を旅して来たように思う。 世界には数えきれないほどの言語が存在している。 言語は特定の文化が生み出したコミュニケーション手段だ。 私が関わった言語はそのほんの一部に過ぎない。
また生まれ変わったら、この人生の数倍の馬力で外国語を学ぶと思う。 10か国語も20か国語も。 それだけ豊かな経験ができ、自分が成長できる事を知っているからだ。
外国語は勉強の為にあるのではなく、人生を豊かに切り開く最強のツールとして存在している。 「我が道を往く」為の最強のツールなのだ。
「外国語ing My Way」と言う言葉は、そんな私が自分の体験を象徴的に表した私の造語だ。
(ご参考)
(ご参考)20年前に出版したものです。メイン・タイトルは出版社の希望でこうなりました。
初版発行部数が少なかったので手に入りにくいと思いますが、さらに細かい学習法や体験談に触れていますので、お役にたてるかと思います。
(ご参考)20年ほど前に開設した大変古いWebsiteです。
大変古く見にくいWebsiteですが、記事はお役にたてるかもしれません。(現在のWindowsだと「Midiファイルの保存」がしつこく出て来ますが、都度キャンセルして下さい) 今は全く更新とかしていません。
外国語ing My Way https://www.mafnet.jp/myway/index.htm
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