余白に書き加える物語

自分に立ち向かって過去の悪行を振り返り、自分自身に決着をつけるために毎日エッセイを書き始めて、もう半年近くになる。 それは自分の内側に積もった沈殿物を少しずつすくい上げ、光に当てていくような作業だ。 おかげで、今まで見えなかったものがだいぶ見えるようになってきた。 しかし、まだ道半ばで、納得できる到達点は先にある。

 

ところで最近、少し余裕が出て来たのか、「仮に自分自身に決着がついたとしたら、その先をどう生きればよいのか」を考えるようになった。 今までは夢中になって何も考えず、尻を叩きながら「後ろだけを振り返りながら」ら進んできたのだが、今は少し前の方に目を向けるようになってきた。

 

何せ、ここから先どれだけ時間が許されているのかまったく分からない。 下手をすればあと一日しか残ってないかもしれないと、半ば覚悟しながら過ごしてきた。 ところが、頂いた年賀状から二人の叔父が九十八歳になることを知った。 数年前に亡くなった、私が大好きだった叔父も九十八歳だったことを思い出し、「親族に三人もの九十八歳がいるのなら、私にも可能性がないわけではないのでは」と、都合のよい期待が首をもたげてきた。

 

計算すると、九十八歳になるまではあと二十四年もあるではないか。 ひと人生やり直すくらいの時間だ。 にわかに元気が湧いてきた。

 

九十八歳で亡くなった叔父は、生前、毎日のようにコーヒーカップを片手に朝陽を浴びながら「朝陽にはパワーがある!朝陽は身体にええんじゃ!」と言っていた。 その姿にあやかって、最近私も同じことを始めた。 叔父は家の前を流れる大きな川の土手に登ってそうやっていたと聞くが、私は二階の寝室の東向きの窓を開け放ち、その前に置いた椅子にどっかり座って朝陽を浴びることにした。

 

少し前までは弱気で、朝起きると「あぁ今日も生きていたか」と思うこともあった。 しかし最近は、かなり前向きな気持ちになってきた。 周りの同年代の人たちには、健康上の問題を抱えながら頑張っている人が多いことに気づいた。 不安を抱えて弱気になっている気の小さい自分が、少し恥ずかしくなってきた。

 

私はちょうどこの一年間をかけて徹底した「終活」を行い、ほとんど完了してしまった。 一番大きかったのは、庭に建てていたアマチュア無線の高さ二十五メートルの鉄塔の解体・廃棄だった。 こんなものを残しては、家族の誰にもどう処分してよいか分かるはずがないからだ。 それを皮切りに、五十年以上にわたって溜まりに溜まった無線機やパソコン類をはじめとする電子機器類、家の軒下に山と積み上げられたアンテナやアルミパイプなどの材料類を二トン・トラック二台分ほどすべて廃棄した。

 

整理したのは「物」だけではない。 預貯金や保険の明細資料、自分が亡き後に役に立つと思われるさまざまな資料を表や文書を作成し、ラミネートして自分の部屋の壁一面に貼った。 今残っているのは、自分の過去に向き合い、自分に決着をつけるために始めたこのエッセイ書きくらいだ。

 

「終活」を終えると驚くほど環境も気持ちも「身軽」になる。 この爽快感は、やったことのある人にしかわからないだろう。 まさにこれからの人生の足取りを軽くするための活動だった。 「終活」は実は「始活」のことだったのかもしれない。

 

幸か不幸か、私はただ遊ぶだけの時間は好きではない。 この歳になっても、ただの「娯楽」には心が躍らない。

 

私の人生は、いつも職業や肩書きではなく、「なにかに情熱を燃やして自分ならではの足跡を残すこと」だった。 今、ペンを使ってエッセイを書いているように、自分のからだを使って物語を書くことだった。 身軽になった私の人生の「余白」に、どうやってどんな物語を書き加えようか。

 

今の勢いなら、結論が出るのはそう遠くないだろう。

 

コメントする