私が大好きでたまらない映画『男はつらいよ』第17作に出てくる場面の一つだ。 自分の故郷である兵庫県たつの市を訪れた、宇野重吉さん演じる池ノ内青観という老画伯が、若い頃に縁のあった岡田嘉子さん演じるお志津さんと再会するシーンである。
池ノ内青観は都内に立派な邸宅を構え、妻と女中に囲まれた豊かな暮らしをしていた。 一方、お志津さんはずっと独り暮らしを続け、慎ましく寂しい生活を送っていた。 池ノ内青観が彼女の家を訪れ、縁側に腰かけて茶を飲みながら自分の人生を振り返るように語る。
「あなたの人生に責任がある。ボクは後悔してんだ。」 その言葉を受けて、お志津さんが返した一言が心に深く残った。
「じゃぁ仮にですよ、あなたがもうひとつの生き方をなさっていたら、ちっとも後悔しないで済んだと言いきれますか?」
「私、このごろ良く思うの、人生に後悔はつきものなんじゃないかしらって。『ああすりゃよかったなぁ』と言う後悔と、もうひとつは『どうしてあんなことしてしまったんだろう』という後悔。」
懺悔ではない、長い人生のどこかで置き去りにしてきた「ひとりの人間への責任」をようやく言葉にした瞬間に、それを受け止めた女性の返しが本当に見事だった。
原作者・山田洋次の人間の愛に対する深い感性と創作力にはいつも感銘を受けるが、この場面もまさにその一つだ。
この女性の言葉の中でも、「もうひとつの生き方をしていたら後悔しないで済んだと言いきれるか」という問いは、私の胸に強く響いた。 その一言には、人生観をひっくりかえすほどの力がある。
自分の心のどこかに「別の生き方もあったかもしれない」という感覚と、でも「今の自分の道で間違ってなかった」という気持ちの両方を抱えているからかもしれない。
私は彼女の言葉を聞いて、自分の若かったころを思い出した。 誰にでも、若い日の青く熱い想い出があるだろう。 正直言えば、この歳になるまで私はその時のことを一度も後悔したことがなかった。 人に話すときも、「自分は相手を傷つけたことは一度もない。だから遊びではなく本気だったんだ。」と豪語してきた。
ところが最近になって、なぜか「本当に私は誰も傷つけてこなかったのだろうか」と考えるようになり、その確信が揺らぎ始めた。 そんな私の心の揺れにこの彼女の「姿」は追い打ちをかけた。 自分の若かった頃の想い出が重なり、胸が熱くなった。 しかし続く彼女の「言葉」が、揺らぐ思いにくさびを打ち込んだ。
私は以前から、「選択は性癖がつくるのだから後悔しても意味がないし、する必要はない」と思ってきた。
https://mafnet.jp/blog/archives/1201
(『性癖がつくる人生 ― 選択の源にあるもの』)
ただそれは、過去を省みずに平気でやり過ごしてきたのではなく、自分にそう言い聞かせてきたのだ。
それでも、ふとした瞬間に「本当にこれでよかったのか」と揺れる。 その心のさ迷いに、同じような視点から語られた彼女の一言には強い説得力があった。 お志津さんの言葉が教えてくれるのは、「どの道を選んでも、人間は別の可能性を夢見てしまう生き物である」という、達観した諦めだ。
後悔は「消すべきもの」ではなく、「共にあるべきもの」だと教えてくれる。 後悔は人生の影のように、つねにどこかに寄り添っている。 後悔とは「過去の振り返り」ではなく、「今の自分の輪郭を確かめる行為」なのかもしれない。