人生は選択の連続だった。 言わば大きなフロー・チャートのようで、「はい・いいえ」の選択を繰り返し、どんどん自分ならではの道を辿って行く旅の様だ。 ただし、「元に戻る」と言う選択肢は用意されておらず、一度選択したら決して元には戻る事は出来ない。 そして大事な事は、自分の人生のフロー・チャートは既に存在している物の中から選ぶのではなく、自分の選択でゼロから作って行く物だと言う事だ。
振り返れば、フロー・チャートは思春期には確実に始まっていた。 一生懸命勉強するのか、部活に励むのか、大学に進むのか、何処の大学にするのか、どんな学生生活をするのか、どんな恋をするのか、と選択は進んで行く。
人生のフロー・チャート全体の中で、特に大きな分岐点に当たる選択は、何の仕事に就くかであった。 別に会社や仕事で人生が決まる訳ではないのだが、チャート全体で見渡してもその後のフローがそこで大きなグループに分岐されるからだ。
大切なのは、どんな会社や仕事を選択したとしても、それだけで人生の良し悪しが決まってしまう訳ではないと言う事だ。 つまりどちらのフローを選んでも、その先に続く沢山の分岐点での選択次第で話はどのようにでも変わると言う事だ。 言い換えると悪い会社や仕事を選択したとしても、その先の選択次第で、良い会社や仕事を選択したよりも良い結果につながる事があると言う事だ。
会社や仕事に限らず、どこで何の選択をしたとしても、その後の選択次第で吉ともなるし凶ともなる。 そしてそれが吉となろうが凶となろうが、その先に選択肢は延々と続き、その選択次第で結果は同じようにどちらにでもなり得る。 つまりどんな選択をして、その結果が思わしくなかったとしても、決して諦めてはいけないと言う事だ。
私はそれを身を以って体験をして来た。 私は会社の選択では良い選択をした。 そしてそれから幾つも重要な選択肢はあったのだが、全ての機会に良い選択を続けていた訳ではなかったが、致命的な悪い選択はしなかった。 自分が良い評価を受け、慢心していた35歳の私は、それ以降のフローに大きな影響を与え得る重要な選択機会で普通の人なら絶対しない愚かな選択をしてしまった。 客観的に見たら明らかに間違ったフローに進む事になってしまった。
私が救われたのは、そのフローを悪いフローだと思わなかった事だった。 普通は百人が百人反省して落ち込んでしまう様な選択だったのだ。 そうなると人は得てしてネガティブな気持ちになって、最悪の場合心は負のスパイラルに陥って、次々に間違った選択を繰り返してしまいがちだ。
ところが、事の重大さにちっとも気が付かず関心も払わないマイペースだった私は、その先も何も深く考えずに無難な選択を続けて40代を迎えた。 そしてある部署に転勤して新しい仕事に出逢った時、心が突き動かされるように自分を活かす事になる選択をした事がきっかけで、そこからは本当に良いフローに乗る事になった。
そこからは何をやっても全ての選択分岐点で間違いない選択が出来た。 フロー・チャートにも意地悪な選択が続くチャートがあって、「いいえ」を選ぶと一気に形勢が逆転する落とし穴が待っているものがある。 逆に良いフローに乗ると一気に幸せをもたらすものもある。
そうやってかつては大きな間違いを選択してしまったが、その後の選択で次々に願ってもない機会に巡り会う事が出来た。 結果的にその会社に就職した選択は「吉」と出る事になった。
今、現役でバリバリ活躍されている方々を見ると本当にうらやましくもあり、頼もしい限りだ。 私の様に歳をとり、フロー・チャートの端っこの方で、もうその先に選択肢がなくなっているのが見えて来ると、そういう方々には是非私の分まで活躍して貰いたいと思う。
これからも沢山の選択肢が続いていて、どのようにでもフローを変えて行けると言う可能性がとても輝いて見えている。 フロー・チャートは人生に例え失敗や過ちがあったとしても、いずれ必ず挽回できる良い選択肢が訪れる事をはっきりと示している。
身の回りに色々なフロー・チャートがあるので一度しげしげと眺めてみると良い。 希望のないフロー・チャートはない。
