私の周りには独身者が多い。 それもほとんどが男性である。 日本の社会全体で見ても、未婚者や離婚を含んだ独身者の比率がざっくり半分くらいいるのだから頷ける。
私の親しい3人の男友達は自転車で行き来できるくらいの距離に住んでいて、いつもLINEでつながっている。 3人とも60歳を超えており、行く末を案じながらも人生を謳歌している。 仕事にも経済的にも恵まれている。
別に女性に興味が無い訳でなく、一人はテレビの女子アナや若い女優についてはめっぽう詳しく、本人曰く「あの娘とあの娘は既に自分が唾を付けてある」と語って夢の世界を大事にしている。 彼は美人マニアで、美人とする定義も明確に決まっている。 3人とも性格も良く真面目で優しい男達で、なんで嫁さんがいないのか全く不思議に思える。
私の従妹の子供は息子2人だが、ふたりとも独身だ。 上の40歳になる息子には、一度お見合いを無理矢理させた事もあるが、結婚には興味がないとの事だ。 従妹のご主人は名が知れた立派な大学教授だ。 従妹の父も国立大学の教授だった。 すなわち大変恵まれた血筋に生まれ、恵まれた家庭環境に育った息子なのに、このままだと生涯独身のコースだと言っていた。
もう一人の従妹の長男も40歳を軽く超えているが独身だ。 彼女の家も立派な家柄で、ご主人は開業医であると共にライフワークとして医学の研究に打ち込んでいる。 とても恵まれた家庭環境だ。
私のサラリーマン時代の先輩もいまだに一人息子が独身で、近年になってその息子が身体を壊した事もあり、自分が後期高齢者となった今も同居しているとの事だ。
私の場合たまたまなのかもしれないが、身近な人達に聴いてもどうやら恵まれた家庭に育った子供ほど独身を守って生きている事が多い様だ。
一方、私が自分を振り返ってどうして結婚したか考えてみると、もちろん好きだったからと言うのが第一理由であるのだが、本当に好きだけで結婚できたのかと聞かれたら正直言ってわからない。 若い時の恋愛はとかく色々ストーリーが展開するものだ。
私の場合は、地方への転勤が結婚への引き金となった。 当時東京にいた私が、ある日上司から「岡君、君は大阪へ転勤だ!」と発令を受けた次の瞬間、何も考えずに付き合っていた彼女の職場に電話をし「大阪に転勤になった。結婚しよう!」と言って「しまった」のである。
あの時転勤の発令がなかったら、おそらくいずれ別れる時が来たかもしれないと思う。 私の性格を良く知っている妻もその可能性を認めている。
少し乱暴な言い方かもしれないが、特に恋愛結婚の場合、結婚とは勢いでしてしまう「正しい過ち」と言えるかもしれない。 若さ故に繰り広げられる感情の高まりの世界だ。
恋愛感情を一生持ち続けている熱いご夫婦もおられると思うが、多くの場合、年月の経過と共に熱い感情は冷めて最後は仲の良いパートナーとなる。 若さが燃える時代は多くはほんのひと時だ。
一方、感情に突き動かされない性格の人や、たまたま縁に恵まれなかった人は伝統的なお見合いや、流行りのネットでのマッチング紹介、人の紹介などを通じて「冷静な」きっかけで出逢いを求める事も多いだろう。
ところが冷静で優秀な頭脳の持ち主は、一時の感情に流される事が少ないので、そもそも結婚自体が人生の一つの選択肢でしかなく、幅広く色々な価値観を持って自分に合った生き方を探っているのではないだろうか。 私の身の回りの人達の例を見ても至極納得する話だ。
やや乱暴な表現だとは思うが、生物学的見地からの話なのでお許し願いたいが、すべての生き物には一定の盛りがつくタイミングがあって、その時期にパートナーが出来る。 人間だけは特に季節的タイミングはないが、その代わり感情を持っているので、なにかをきっかけに感情が高ぶった時の勢いで正しい過ちを犯す仕組みになっているのではないかと思っている。
もちろん、今の時代は男女の教育機会には差はみられないし、男女の雇用機会も均等化の一途を辿っている。 だから女性にとって生きて行く上で結婚する事が必須だった昔とは違う。 男性としても家庭を持たなくても衣食住を満たせる社会インフラが揃って来て、一人で気楽に暮らすのは難しくなくなって来た。
男女いずれにとっても生きて行く上で結婚が必須条件で無くなった事が、こう言った社会的インフラや取り巻く環境の変化によるものであったのなら、これから先も続いて行くであろう変化によって、男女関係はどう変わって行くのだろうか。
国際的に見るとこれは人口問題に直結する話で、将来的には一国の経済活動に留まらず多岐にわたる国家間の勢力バランスに影響を与える大きな問題となりかねない。 歴史は常にその時代の人が想像もできなかった様に展開して来た。 これから何がどうなったらいいのか私には推し量りかねるが、より良い未来が待っている事を信じ、今後の変貌に期待をしたい。