洋の東西どの世界を問わず人間は酒を親しんでいる。 それも太古の昔からだ。 私もご多聞に漏れず未成年時代から親しませて頂いた口だ。
酒飲みとなったのは大学に入ってトラック運転のアルバイトを始めた時だった。 肉体労働から帰宅すると、やたらビールが美味くて飲みたくなった。 大学生の本分を忘れ、電気を消した居間の畳に横になりながらテレビを観ながら毎晩ビール大瓶2本飲んでいた。 隣の部屋で毎晩原稿を明け方まで書いていた父がそっとドアを開け、「もう少し小さい音にならないか」と静かに声を掛けたが、酔っぱらい始めた私がどう対応したかは良く覚えていない。
そんな不良大学生の私が、全く運が良かっただけで無事に就職した。 就職先の新入社員歓迎会で、とにかく先輩達が寄ってたかって私に浴びるほど酒を突っ込んだ。 私は不覚にも眠りこけてしまい、先輩たちが私をタクシーに乗せて自宅まで送ってくれたのが、私の酒飲み人生の出発点と言うかターニング・ポイントになった。
両親のおかげで立派な体格に恵まれた私が、どんどん立派な酒飲み社会人として成長するのは自然の理だった。 宴会と言う宴会では誰よりも飲みまくった。 他の社員がゲロゲロしようと、寝こけようと、私は元気一杯上機嫌だ。 新入社員歓迎会の無様な「不祥事」は記憶の彼方に消え去って行った。
スナックの片隅にカラオケを歌う小さな舞台と歌詞本を置く譜面台が置かれるようになった頃、私は30歳の体力の絶頂期を迎えた。 毎晩同僚とスナックで歌い飲み、一晩でビール中瓶ワンケース20本を一人で空ける日が続いた。
調度そのころスペインへ留学・業務研修が決まり、スペインでラテン文化の生活が始まった。 おかげで朝昼晩とワインを水のようにガブ飲みするようになり、それまでのビール・日本酒・焼酎・ウイスキーにレパートリーがひとつ加わった。
その後長い間、酒は毎夜の友として、飲まない日は一日もなかった。 幸いな事に身体のアルコール処理能力には恵まれ、あれだけ酒を飲んでもアルコール中毒になる事はなかった。 飲むなと言われれば飲まなくても平気だったと思うが、誰にも飲むなと言われなかったので、来る日も来る日も夜は酔っぱらうまで酒にお世話になった。
ところがそんな私も70歳を境に急激に飲む量が減ってきた。 たまに帰省して来る息子と酒を飲み交わしている内に、酔っぱらって記憶がなくなるようになったのだ。 翌日になって夕べああしたこうしたと言われても覚えていない。 一度は息子が連れて来た小さな孫娘相手に酔っぱらって話し始めて、いつまでも終わらないので無理やり寝かされた事もあったようだが覚えていない。 そんな事は50年前の新入社員歓迎会以外には一度も無かったので、さすがにこれはまずいと思った。
70歳からは機会ある度に弱くなった事を実感し、だんだん酒量は減り、健康も考えて73歳になってからは毎日の晩酌もやめた。 今、夕食の友は、ノンアル・ビール缶1本だけである。 しかし元々アル中ではないので、今はそれで十分満足している。
50年間で飲んだビールは何リットルになるのだろう。 電卓を出して計算してみた。 およそ平均で一日ビール大瓶2本として、大瓶2本(0.633ℓX2)を365日が50年間(0.633ℓX2x365X50)で、23,104ℓ=23キロリットルになる。 大型ガソリン・タンクローリー1台分は飲んだと言う事になる。 恐ろしい量だ。 恐ろしくて金に換算はできない。 しかもこれはビールだけの話しだ。
50年間飲み続けたアルコールは決して無駄ではなく、身体と言うエンジンの大切なガソリン燃料だったと信じている。 ここからはノンアル燃料で身体を騙しながらの安全運転だ。