年賀状が果たしていた大切な役割

何年か前の年賀状に「今年で年賀状は最後にさせて頂きます」と書いて以来やめてしまった年賀状の交換。 その後2年位は以前同様お送り下さる方もいて、都度お礼と年賀状をやめた旨の返信をしていたが、今ではほとんど受け取る事もなくなった。 最後の年賀状には「以降はLINE等でお便り交換をお願い致します」と書いたが、実際にそれでLINEやりましょうと連絡頂いた方は2,3人しかいなかった。

 

最近になって、年賀状の果たしていた役割の大きさに気が付いた。 若い時ならともかく、高齢になって来ると、お互いの健在を確認し合える唯一の手段だったのだ。 実は、昔からお付き合いしていた方にちょっと連絡を取ろうと思って電話をしたら、奥さんが電話口に出て来て「実は主人は昨年の●●月に亡くなりました」と伺って、ショックを受けた事が3回もあった。 それと同時に奥さんに対しては、心の傷に触れる様な電話をしてしまった事をとても申し訳なく思った。

 

年賀状は、一年に一度お互いの健康と幸せを確認すると言う大変大事な役割を果たしていたのだ。 困ったのはこれからだ。 「あの人どうしてるかな?」と、久しぶりに連絡をしてみたくなるが、思わず二の足を踏むようになってしまった。 

 

これは大変困った事になった。 中には大切に思いを寄せて来た人もいて、たまには便りを交わしたいと思う。 今更年賀状を再開する訳にもいかないし、その元気ももはや失せてしまった。 あのまま続けていたら惰性で同じように年一度のご挨拶は健在だったろうと思う。

 

私には若い頃アメリカへの憧れに燃えていた時から、ずっとその思いを支えてくれた大変親しかったアマチュア無線で知り合ったアメリカの友人がいた。 私の学生時代はアマチュア無線で毎日の様にその人と会話を楽しんでいたのだが、社会人となってからは、お互いの生活時間帯が異なっている為に、だんだん航空便でのお便りや写真交換に移って行った。

 

その方は私より10歳ちょっと年上だったが、その後離婚したり、重たい病気にかかったりで、オレゴン州の閑静な住宅街で一人住まいの静かな生活を送るようになった。 こちらも歳をとって来たので、いつかはと覚悟はしていた。 次第に送って来る手紙の内容も唐突な内容が増えたりしてたので、心配していた矢先、こちらから送った封書が「宛所に尋ねあたりません」と言う内容のメモが付いて返送されて来た。

 

周りの人と交流がない限り、存否の確認は郵便しかないのだ。

 

こんな事が続いて、特に大切にしていた知り合いの方に対しては、時々お便りをした方がいいのではないかと考えるようになった。 お互いに改まった「縛り感」がある年賀状ではなく、一年中いつでも好きな時期を選んで「季節のお便り」と言う形で簡単な近況報告を兼ねたご挨拶が良さそうだ。

 

自分の好きな季節であれば、それに合わせた絵柄・写真のはがきをパソコンで制作して印刷すれば、手書きがもはや苦手となってしまった私でも、なんとか格好をつけられそうだ。

 

年賀状だと、やれ親戚だ、お世話になったあの人だ、と言って大仕事となるが、このスタイルだと、常識を意識し義務感に捉われる必要はなく、本当に気になる人だけに出せる。

 

もしもの事があった場合、おそらく奥さんには返信を頂く負担をおかけする事にはなるが、何年も経った後に電話でお話を伺う事になるより、お互いにとって受け容れやすいと思う。

 

既にこの世を去っていたのを知って、何で連絡をしなかったと後悔するか、

健在だったのを知って、取越し苦労なんかしなければ良かったと後悔するか、

存否を知らないままこちらが逝くか、

ちょっと立ち止まって真剣に対応を考えてみようと思う。

 

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