音楽文化を変えたカラオケ

今や世界中でカラオケが歌われているが、発祥の地は我が日本だ。

 

調べると、歴史的には1960年代後半に「8トラックの音楽カートリッジ・テープで音楽を再生しながら取り付けたマイクで歌を歌える装置」が考案されていたが、一般に普及するには至らなかったようだ。

 

私の記憶によると、1970年ごろ日本の某カー・ラジオ/ステレオ・メーカーが、音源ソフトも揃えた8トラックの音楽カートリッジ・テープ使用の同様な装置を売り出したのが、完成された量産製品として「カラオケ」がその名と共に誕生した瞬間だった。 当時まだ高校3年生位だった事もあり、もしかしたら歴史上の認識に不正確な点があるかもしれない。

 

ちなみに8トラックの音楽カートリッジ・テープと言っても今では死語となってしまったが、お馴染みのカセット・テープの前身で、大きさ・厚み共カセットテープの2~3倍あって、プレイヤーの差し込み口に水平にしたままガチャンと差し込んで演奏させるテープだ。 ステレオ2トラックずつ4チャンネルあったので8トラックと称していた。 1チャンネルに1曲、一本に4曲ずつ録音されているので、再生チャンネル切替えだけですぐに曲の切替え・頭出しができるので便利だった。

 

私がこの瞬間を良く記憶しているのは、「自分が前からやっていた物なのに勝手に名前をつけられて出て来ちゃった」と思ったからだ。 その「誕生」の2年ほど前、高校生だった私はまだ一般用の市販品が無かったマイク・ミキサーを自作して、当時ラジオで流れていたオーケストラ+独奏楽器(サックスとか)だけの歌謡曲演奏を録音したものをソ-スにして「カラオケ」を楽しんでいたからだ。 これは何年も前からあったクラシック楽器演奏/練習用のオーケストラ伴奏レコード(マイナス・ワンと呼ばれていた)にヒントを得て始めたものだった。

 

さてこのカラオケ、今は古今東西、世界中の国々で老若男女を問わず「KARAOKE」の名で親しまれている。 日本発の素晴らしい文化だ。 もちろん国ごとにその国で親しまれている歌のソフトが使われ、字幕もその国の言語で表示されている。 わずか数十年でこれだけ世に広まって愛されているのは驚きだ。

 

1970年代はまだカラオケの黎明期。 何処のカラオケのあるお店でも、8トラックのカートリッジ・テープか4トラックのカセット・テープを使った音響機器で、歌詞は歌詞本と呼ばれる本を見ながら歌った。

 

1980年代にはデジタル機器が導入され、テープからCDやレーザーディスクへと進化して行った。 お店の隅に小さなステ-ジが置かれ、スタンドに載せられた小さなTVモニターに映し出される歌詞を見ながら歌うスタイルが現れた。 マイクはまだケーブル付の有線マイクだった。

 

1990年代にはシステムは本格的になり、インターネット回線を使った通信カラオケとなり、曲数は無限大に増加して行った。 また店の中には数か所に大きなモニターが設置され、マイクはワイヤレスの無線マイクになった。 この頃になると海外に行っても普通にどこでもカラオケが見られるようになった。

 

私はもちろん最初の時代からずっと歌い続けて来て、歌い手がまだ少ない1970年~1980年代は、熱心と言うだけで実力は問われず「カラオケ帝王」の異名で呼ばれる事もあった。 1990年代以降はカラオケの普及と共に、私などは全く歯が立たない実力派がどんどん姿を現し「インチキ帝王」の存在感は次第に薄れて行った。

 

今や80代・90代でもカラオケは健康に良いと言って夜な夜なスナックで歌声を上げている方がおられる様だ。 カラオケは一時期、上手・下手に関心が集まった時代もあったが、今や上手・下手を問う世界ではなくなった。 とにかく皆が楽しむ世界になったのだ。 そして誰もが自分の得意な歌「十八番」を持っている。 カラオケが誕生して55年。 こんな時代が来るとは誰も予想していなかった。

 

NHKの「のど自慢」を観ていても、年齢を問わず昔と較べてレベルが高くなっているのを感じる。 またいかにも歌い慣れた歌い方をしている人は間違いなくカラオケで鍛えて来たなというのが伝わって来る。

 

カラオケは音楽を万人の身近な友にしてくれた、画期的な存在だ。 これが誕生していなかったら、歌う事を知らない人間がどれだけ誕生したかと考えると、その有難さと存在の大きさを改めて感じる。

 

歌謡曲もシャンソンも、歌を聴く事が好きな人は昔からたくさんいる。 でもカラオケが無かったら、今ほど普通に何処でも気軽に歌を口ずさむ人を見る事はなかっただろう。

 

コメントする