私が若かった頃と較べると、今の時代の夫婦の役割分担は全く変わってしまった。 昭和の時代は、夫は外で仕事、妻は家で家事とはっきりと「分業」されていた。
世の中を変えた一番の背景は、「女性の社会進出」であったのは言うまでもない。 1985年の男女雇用機会均等法が施行された直後、戦後日本の高度経済成長が過度に膨張した経済バブルが崩壊した。 それを機会に、新しいスタイルでの経済復興が進む中、世界的潮流にも乗って女性の社会進出が進んだ。
いわゆる共稼ぎが珍しくなくなり、かつての専業主婦スタイルは徐々に過去の物となって行った。 妻も1995年、私が43歳の時から働くようになった。 子供達が大きくなったと言う事もあったが、夫がいまだに経済バブル状態から抜け出せずに、浪費生活を続けていた事が追い打ちをかけた結果だった。
私は、何か世の中で私だけが妻に苦労を掛けているような罪悪感を心の隅に持ちながらの生活となった。 しかし今になって見ると、まんざら妻の悲劇と言う話でもなかったようだ。 あの頃から世の中は急速に変わった。 いまや共稼ぎは当たり前になり、その比率は7割を超えているそうだ。 そのお陰で以前は買えなかったような高額な住居を手に入れるなど、経済的生活レベルは飛躍的に向上している。 妻には怒られそうだが、外見上に於いて我が家は時代の最先端を行っていた事になる。
共稼ぎになった事で夫婦の家庭内で発生する「仕事」の役割分担は大きく変わった。 単に夫婦間で、仕事を離れた家事に充当できる時間に大きな差がなくなった事だけでなく、昭和の文化が遠い過去の物になり、男性・女性共に意識が大きく変わった事が影響している様だ。
昭和の男からすると、初めてそれを感じ始めたのは、夫婦共に学校の先生をやっていて先進の感性を持っていた妻の従妹の家庭で、「ご主人が赤ちゃんを抱っこ紐で抱いて」夫婦で一緒に帰省したり買い物などに出かけたりしている姿を見た時だった。 それまではちょっと考えられない事で、義母は彼らの事を流行りの言葉で「新人類」と呼んでいた。 しかし年を追うごとに新人類と言う言葉は使われなくなって行った。
今、早朝の近所に出て見ると、ご主人たちがゴミ袋を抱えてゴミ捨て場に運んでいる姿に遭遇する。 みんな私の世代の老人家庭のご主人だ。 私の家の隣には私の子供達と同じ位の若い夫婦一家が住んでいるが、そこの旦那も朝、車にゴミを積み込んで、出勤途中にゴミ集積場でゴミを捨てている。 若い奥さんも年寄りの婆さんも、重たいゴミを抱えている姿をあまり見なくなった。
私の場合は過去の罪滅ぼしと言う「拘禁刑」が課せられているので、私から率先して担当役割を少しずつ増やしている。 今の所、毎朝妻の起きる前から朝ごはんを作る事、朝夕の戸締り、ゴミ拾い散歩から帰宅後の拾って来たゴミの洗浄・分別処理、集積の日のゴミ捨て、更に日によっては洗濯物の取り入れ、台所の洗い物などである。 もちろん週に一度の食料の買い出しにはスーパー内でのカート押し担当、荷物運び担当で同伴している。
大した事はないと思うが、かつて朝から晩まで妻を働かせて、自分は何もしないで酒とたばこをふかしていた頃から考えると、「とても同じ人とは思えない」とか、「今は夢の様な生活だ」と言った評価は一応得ている。
「その程度でそんな評価を貰う事自体が、昭和の夫婦だ」との言葉が何処からか聞こえて来る。