大空へのロマン ― 鳥たちとジェットストリームが育てた夢

私は山が近い川沿いの地方都市に住んでいるので、自然は身近にある。 昔から週末の夕方になると、小さな子供が親と手をつなぎながら家の前を通り、近くの駅へ歩いて行く姿を良くみかけた。 「パパ楽しかったね、また遊びに来ようね」 そんな楽しそうな声が聞こえてくることもある。

 

自然豊かな川沿いを散策すると、たくさんの鳥たちに出会う。 小さなスズメに始まり、色鮮やかなカワセミ、白い頬のシジュウカラ、浅瀬にすっと立つ大きな白いダイサギ、少し小ぶりのコサギ、どこか鋭い印象のアオサギ、緑に染まったメジロ、いつも群れているムクドリ、白・灰・黒のコントラストが美しいハクセキレイ、そして水面を優雅に泳ぐカモたち。

 

彼らはいずれも見事に飛び立ち、大空を舞う。 あっと言う間に遠くへ飛び去ってしまうスズメやムクドリの大編隊の飛翔は圧巻だ。 また、身体の大きなサギたちが大きな羽を広げ、ゆっくりと羽ばたきながら悠々と空を横切っていく姿は実に豪快で、思わず見とれてしまう。

 

散歩のたびに、私はこの素晴らしい鳥たちの姿を堪能する。 そして、彼らがとても羨ましい。 「私も一緒に飛びたい!」と心が叫んでいる。 彼らには歩道も車道もなく、段差も谷もない。 行きたいと思った場所へ、最短距離の直線で移動できるのだ。 なんと自由なことだろう。

 

私の大空への夢を育てたのは1967年に始まったFMラジオの深夜放送「ジェットストリーム」だ。 当時のFM東海(現在のFM東京)で深夜0時から1時までの一時間、優雅なスクリーンミュージックがアナウンスなしで流れ続けるロマンの時間だった。 スポンサーは日本航空。 機長役のナレーターは故・城達也アナウンサー。 番組の冒頭と最後に、気品ある落ち着いた声で静かに語られる詩が、聴く者を無条件に夜間飛行の旅へと誘ってくれた。

  

(昔の城達也ナレーションの『ジェットストリーム』の録音)

 

あれだけ大空への浮遊感に誘ってくれる番組を、私は知らない。 ちなみに「ジェットストリーム」は六十年近く経った今も続く超長寿番組だが、二十七年間務めた初代「機長」が1995年に亡くなってからは、随分と雰囲気が変わってしまった。 現在の番組は音楽のジャンルが拡がり、曲間に多くのトークが入り、「機長」も落ち着いた「声のプロ」であるアナウンサーから俳優へと変わった。 もはや、あの頃の様な「夢の時間」を演出する世界ではなくなってしまった。

 

また、あの時代は、飛行機に乗って海外に行くこと自体が、制度面・費用面・手続き面のどれをとっても簡単ではなかった。 だからこそ、「夜間飛行」と言う言葉を聞いただけで、遠い夢の世界へ惹きこまれるような気持ちになったものだ。

 

大学四年の時、初めて乗ったアメリカ行きのジャンボジェット機。 窓際の席に陣取り、窓ガラスに顔を押しつけて、下へ遠ざかっていく地上の景色を食い入るように見つめた時の興奮は、あれからちょうど五十年経った今も忘れられない。 心の中でいつまでも「空を飛んでいる! 僕は空を飛んでいるんだ!」と叫び続けていた。

 

あれから数えきれないほど飛行機に乗った。 小さなセスナ機やヘリコプターにも乗った。 いつの間にか航空機マニアになり、ある縁を辿って羽田にある航空会社のパイロット訓練用ジャンボ機フライトシミュレーターに乗る機会まで得た。 私は操縦士席に座り、訓練教官が副操縦士席に座って、羽田空港を離陸し、富士山の周りを一周して、木更津方面から空港に戻って着陸した。

 

還暦を過ぎてフォトグラファーになってからは、ドローンを飛ばして、上空からの地上映像を撮影することにも情熱を燃やした。 スペインやパラオでもドローンを飛ばせて撮影をした。 コントローラーの画面に映る空からの風景は、五十年前に初めて乗ったジャンボ機から見下ろした地上の景色と何も変わらない。

 

空を自由に飛ぶことは、私にとっていつも夢そのものだった。 「今度生まれてきたら、ジャンボ機の国際線パイロットになる」 そう決意して三十年が経つが、その決心はいまだに揺らいでいない。

 

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