小さな虫から始まって、多くの動物は「巣」と呼ばれる棲み家をつくる。 それは繁殖のための場所であり、命をつなぐための最小単位の世界だ。 牛や馬、猿のように定住しない動物でさえ、与えられた寝床を心地よさそうに使う。 生き物にとって「巣」をつくる行為は、どうやら本能的な欲求に基づいているようだ。
幼い子どもたちを見ていると、その本能はさらによくわかる。 特に男の子は、ダンボールや身近な物を積み上げて囲い、自分だけの小さな居場所をつくろうとする。 私も子どもの頃、林の大きな木の根元の割れ目を広げて「陣地」をつくる遊びに夢中だった。 あの頃の私は、世界の片隅に自分だけの秘密の空間を持つことに、言いようのない喜びを感じていた。
小学生の頃に与えられた部屋は、まさに私の「城」だった。 台所のすぐ横にあり、引き戸の隙間から台所に立つ母の気配が漏れ込んでくるのが気になって、私は細長く切ったベニア板を柱に釘で留め、隙間をふさいだ。 悪いことをするつもりなどなかった。 ただ、自分の陣地を守りたかったのだ。
大学生になり車に乗れるようになると、どんなにボロでもいいから自分の車が欲しくなった。 ポンコツ車を手に入れたときの嬉しさは今でも忘れない。 電車なら簡単に行ける場所にも、わざわざ渋滞の中を運転して出かけた。 楽だからでも、格好がいいからでもない。 混雑した電車の人混みより、渋滞の車列の中にいる方が、車という小さな空間を「自分の巣」として確保できたからだ。
社会人になり、少し良い車が買えるようになると、私は中古の貨物用救急車型のバンを購入した。 そしてキャンピングカーの自作に取り掛かった。大学の卒業旅行で訪れたアラスカで見たキャンパーの姿が、心に焼き付いていたからだ。 移動できる衣食住。それは、私にとって完璧な「巣」の理想形だった。
素人の手作りなので、床板や絨毯張り、壁紙、換気扇、流し、照明までが精一杯だった。 トイレはポータブル水洗、シャワーは外で水を浴びるだけの簡素なもの。 それでも、あれは私の誇らしい移動型の巣だった。 移動できる巣をつくるのは、人間だけが持つ特権なのだと、そのとき強く感じた。
やがて家庭を持ち、子どもが二人生まれ、会社の寮では手狭になった。 家を建てることになり、マンションか戸建てかの選択があったが、私は迷わず戸建てを選んだ。 アマチュア無線の鉄塔を立てられる庭が欲しかったし、マンションが老朽化したり火災に遭ったとき、残るのはわずかな土地だけだという思いもあった。 どんなことがあっても、自分の巣を守りたいという気持ちが強かったのだと思う。
海外勤務経験も国内転勤もあり、特定の場所に住み続けることに執着はなかった。それでも、いざとなれば戻れる確かな本拠地が欲しかった。 人生のどこかで、必ず帰る場所があるという安心感。それが私にとっての「巣」だった。
今、子どもたちはとっくに巣立ち、それぞれの住まいを構えている。 私は、いつか子どもたちがこの家に住むのだろうと漠然と考え、必死にこの巣を守ってきた。 しかし、私たち夫婦がこの世を去った後、この家は解体され、いずれは他人のものになるのだろう。 今になって、突然「裏切られた」ような気さえしてしまう。 当たり前のことなのだが、やはり寂しさは隠せない。
家長制度がなくなり、親の家を長男夫婦が引き継ぐとは限らなくなった。 人口減少が続き、空き家も目立つようになった。 まるで木の枝に取り残された鳥の巣のように、かつての営みの痕跡だけが風にさらされている。