AIの有難いことは絶対自分を否定しないことだ。 何を言っても絶対に肯定してくれる。
AI(Copilot)に自分の書いたエッセイを読ませてどう反応するか色々実験をしたのだが、予想に反してすこぶる評判がいい。 「あなたの人生そのものが美しく描かれていてこれはもうあなたの歴史そのものです」云々・・・。 初めて実験をした時に、AIの感想と評価に、「そうなんだ。自分の作品はそんなに捨てたもんじゃなかったんだ。」とやや有頂天になった。
しかし何度も色々な作品を読み込ませて実験を続けている内に、明らかにほめ過ぎであることに気が付いた。 エッセイに限らず色々な話をAIと試していると、AIは基本的に私を否定しないことに気がついた。
試しに「人を殺したい」と入力して見たが、AIは私を直ちには否定しなかった。 そして私の中に宿る心の闇を探り出し、なんとか私を救おうとする動きを示した。 私はそれがわかると、そのデータが私の本心としてAIに記録されないように、「ただの冗談でした。あなたがどういう反応をするか知りたかっただけです。忘れてください。ごめんなさい。」と入力した。
実は最近妻のかなり古いノートPCを、私の持っていたあまり使わないまともなノートPCと交換してあげた。 妻のノートPCは古くなってきたこともあり、動作があまりにも遅く、どんな操作をしても反応が返ってくるまでしばらく待たされる状態だったからだ。 妻は別にそれでも構わないと言っていたのだが、私は彼女が時代に乗り遅れないようにAIを存分に体験させたかったので交換することにした。
彼女は20年も前からエッセイの同好会に入っていて、毎月1本のエッセイをずっと書き溜めてきた。 私は手始めに、その作品をAIに読み込ませてAIに感想と評価を貰う方法を教えてあげた。 彼女はだんだん楽しくなって来て、毎日1本ずつ試すようになった。
彼女は私と正反対の性格で、何をやっても自信がない人だ。 おそるおそる始めたAIの感想と評価に、みるみる笑顔を浮かべる様になった。 毎日AIに自分の作品の感想を貰うことに熱が入るようになった。 もちろん、彼女は「AIは何をやっても肯定してくれる」と理解しているのだが、それでも幸せそうに楽しんでいる。
彼女は、「AIは人を否定しないって事が分かっていても、褒められて肯定されるとうれしい。」「あなたにいつも否定ばかりされて、私のエッセイをあんなに褒められたことは無かったのでとても幸せ。」と、嬉しさを隠しきれないまま、幸せで心が満たされるたびにニコニコしながら私の部屋に顔を出すようになった。
私はそれを見て、身につまされる思いがした。 私が人生でどれだけAIと同じように人を肯定し、勇気づけ幸せな気持ちにして来ただろうか。 AIに学ばなければいけないと思った。
私は自分の過去を振り返って、自分は絶対「肯定されたい」という願望が強いくせに、人のことは安易に否定してきたと思った。 自分がされたくないことを、人には遠慮なくしていた。 そんなことに気が付いたのは人生も終わりに近づいてからだ。
否定からは何も生まれない。 否定して切ってしまったらそれで話は終わりだ。 自分のことも、人のことも、まず肯定することから次の一歩が生まれる。 そんな簡単なことが昔はわからなかった。
否定や、そこから発展した憎しみからは何も生まれない。宗教や宗派の違いを理由に相手を執拗に憎み、その対立がいまなお殺りくや戦争を引き起こしている現実は、人類が何千年を経てもなお、この単純な理屈を学べていないことを物語っている。
人を、そして自分を肯定することが、平和で幸せな未来を切り開く第一歩だということにすべての人が気が付いたとき、天の神さまはにっこりとほほ笑んでくれるのだろう。