憧れのあの国は何処へ ― 崩れゆく理想と私の記憶

今朝のニュースを知った瞬間、胸の奥がざわついた。 こんな感覚に襲われたのは、生まれて初めてかもしれない。

 

過去一年にわたり世界を騒がせてきた、かつて民主主義世界の盟主と呼ばれたあの国の大統領が、デンマーク領グリーンランドを軍を活用してまで領有することを検討していると報じられた。 私は言葉を失った。 つい先日も南米ベネズエラへ軍事展開し、同国の大統領を拘束したばかりである。

 

昨年、あの国の大統領は高関税を武器に、政治を「ディール」で解決しようとする前代未聞の手法を世界に持ち込み、自画自賛していた。 すべては自国の利益のため。 「自国ナンバー・ワン」という標語を掲げ、自ら「盟主」の看板を地面に投げ捨てた。

 

自国を守るために「民主主義のリーダー」としての地位と信頼を捨て、超保護主義へと舵を切ったところまでは、私の心の中では「悲しいことだ」で済んでいた。 しかし今年に入り、状況は大きく変わった。 「守りから攻めへ」と転換が始まったのだ。

 

理由はいくらでもつけられる。 「麻薬密輸で自国民の命が奪われている」 「自国の安全保障のために領土化すべきだ」どんな盗人にも三分の理がある。 だから私は理由には関心がない。

 

重要なのは、「なぜ」ではなく、「何をしたか」そして「何をしようとしているのか」である。 これは覇権拡大を狙い続ける二つの「共産主義などの権威主義国家」にも同じことが言える。

 

今回の大統領の行動が恐ろしいのは、あの国だけの問題にとどまらず、覇権拡大の機会をうかがってきた二つの「共産主義などの権威主義国家」にとって、まるでパスポートを与えるかのような出来事だからだ。

 

あの国の大統領は「ドンロー主義」という造語まで作り、得意げに語っている。 かつてのモンロー主義に自分の名前の頭文字を重ね、「互いに相手の国内事情には干渉しない」という考え方だという。 自らの行動を正当化するだけでなく、他国からの批判を封じるためのコンセンサスを得ようとしているのだ。

 

これでは、領土拡大を狙う二つの「共産主義などの権威主義国家」は、胸を張って行動できる環境を手にしたも同然である。 我が国の隣にある大国も、かねてより「自国の一部」と主張してきた地域への侵攻を、堂々と進める口実を得たことになる。

 

日本は、もはや誰も守ってくれないという現実を認識しているのだろうか。  毎日の政界の動向ニュースを聞いていてもそんな緊迫感は全く感じられない。

 

今後の展開は予断を許さない。 しかし、二つの「共産主義などの権威主義国家」の権力と、あの国の大統領が振り回す権力と言う三つの巨大な力が生み出す「国際紛争の時代」に、私たちは足を踏み入れつつあることは否定できない。

 

民主主義も、権力が集中すれば、所詮は人間の思い上がりと欲望の世界だ。 民主主義も共産主義も、独裁専制主義も、結局は紙一重なのだと学ばされる時代になった。 民主主義は多数決の世界なので、「右に行ったり左に行ったりするけれど、時間はかかっても必ず前進する」と思っていたのだが、大きな落とし穴があった。

 

私の青春時代は、あの国への憧れから始まった。 過去のエッセイや著書に記した通り、「世界の民主主義のリーダー」であったあの国に出逢ったからこそ、今の私がある。 私の青春のエネルギーを燃やしたのはあの国の正義だった。

 

その輝かしい存在が、私の人生の終盤に差し掛かった今、音を立てて崩れ去ろうとしている。 歴史はむごい。 そして人間は、なんと愚かなのだろう。

  

(カバー写真は今から調度50年前に憧れの地を訪れた時の私とその雄大な自然)

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