人は誰でも、心のどこかに憧れを抱いて生きている。
自分の手の届かない場所にある何かが、ひときわ輝いて見える瞬間がある。
それは人であったり、物であったり、環境であったりする。
憧れとは、遠さゆえに美しく、淡さゆえに強い感情だ。
そしてその始まりは、いつも静かで、かすかな光のように心に灯る。
憧れの価値は、人によってまったく違う。
誰かにとっては取るに足らないものでも、別の誰かにとっては人生を変えるほどの力を持つ。
大切なのは、何に憧れるかではなく、憧れがどこへ自分を連れていくかだ。
幼い日の憧れ
幼少期の憧れは、今振り返れば本当に他愛のないものだった。
幼稚園児の私は「パトロールカーに乗る運転手」に憧れていた。
小学生になると、よく分かりもしないまま科学者に憧れ、中学生では天文学者に心を奪われた。
高校生の頃には、漠然と「アメリカ」という広大な世界に惹かれていた。
その時々の憧れは移ろいやすく、気まぐれで、しかし確かに私の心を動かしていた。
今思えば、あの頃の憧れは、世界の広さを教えてくれる最初の窓だった。
憧れが夢に変わるとき
大学生になると、憧れは単なる願望ではなく、確信に近い感情へと変わっていった。
アマチュア無線で知り合ったアラスカの人々の暮らしに強く惹かれ、毎日の交信を通してその思いは熱を帯びていった。
「いつか行きたい」ではなく、「必ず行く」という夢に変わったのだ。
そして大学卒業前、私はその夢を実現した。
アラスカから始まるアメリカ西海岸の縦断の旅。
憧れが夢になり、夢が現実へと姿を変えた最初の瞬間だった。
行動へと変わった憧れ
社会人になると、憧れはもはや“眺めるもの”ではなくなった。
実現するために動く対象へと変わった。
アラスカで見たキャンピングカーに憧れ、見よう見まねで手製のキャンピングカーを作り上げた。
不器用でも、原始的でも、自分の手で形にすることが嬉しかった。
30代の初め、スペイン留学を命ぜられたことが、私の価値観を大きく揺さぶった。
ラテンの世界に触れたとき、それまでの常識が音を立てて崩れた。
彼らの生き方、価値観、時間の流れ方。
そのすべてが新鮮で、自由で、眩しかった。
この出会いは、私の人生の後半を決定づけるほどの衝撃だった。
憧れのかたちが変わる
ラテンの世界で得た価値観は、その後の私の憧れの基盤となった。
「快楽を正直に追求する」というシンプルで力強い姿勢。
それは、これまで抱いてきた憧れとはまったく異なるものだった。
憧れは、抱くものではなく、踏破するものになった。
アマチュア無線、天体観測、アジアの言語習得。
夢中になった世界には、惜しみなく金と時間を注ぎ込んだ。
そのすべてが、私の人生を豊かにしてくれた。
完全燃焼のあとに残るもの
今の私は、かつてのように何かに憧れることはない。
残っているのは、わずかな燃えカスだけだ。
しかしその燃えカスは、確かに私が完全燃焼した証だ。
大金持ちや恵まれた人から見れば、私の経験など小さく見えるかもしれない。
それでも私は、やりたかったことをすべてやった。
悔いはない。
幸せだった。
そして何より、完全燃焼する自由を与えてくれた両親、人生で出会った人々、そして妻には、どれほど感謝してもしきれない。
憧れは人生を動かす力
憧れは、間違いなく私を突き動かす原動力だった。
憧れは育てば夢になる。
夢は行動に変わり、行動は人生を形づくる。
そして完全燃焼したあとに残るのは、ほんのわずかな燃えカスだけだ。
だがその燃えカスは、人生を生ききった証として、静かに胸の奥で温かく灯り続けている。