私が訪れた国内外で、いつも私が心を惹かれた場所は「島」だった。
人生で最初に訪れた島は伊豆七島の八丈島だった。 東京竹芝桟橋を夜中発の東海汽船に揺られて翌朝10時ころ到着した。 道中海は大荒れで船酔いで気持ち悪くなり、朝になって一晩苦しんだ船室から誰もいないデッキで出たが、大揺れで傾く船のデッキの端から端に飛ばされながらゲロを吐いたと言う苦しい想い出が、最初の島への旅の記憶だ。
それ以降、私は島、特に隔絶した「離島」が好きで何処に行っても島には特別の関心があった。 海外では、スペイン、韓国、フィジー、パラオなどでもそれぞれ幾つかの島を訪れた。 しかし風情を感じるのは何故か日本の島だ。 日本自体が島国な所に、戦後の大きく進んだ近代化を少しでも遡った素朴な世界がそこに残っているからなのか、その島となると格別の風情を感じる。 時代に取り残されたような空間にノスタルジアを感じるのかもしれない。
最初に訪れた八丈島に続いて、大学の同級生の出身地だった伊豆大島を彼の帰省に同行して訪れる事になった。 彼との縁でその後何度も伊豆大島に通う様になり、その後嫁さんも伊豆大島出身の女性となったと言う、特別の縁が出来た大切な島だ。
日本の数多い離島、とりわけ五島列島、奄美群島、瀬戸内海の島々は、多くの映画のロケ地に選ばれ、ドキュメンタリー番組の舞台としても良く選ばれているので、実際に訪れた事は無くてもその雰囲気は良く慣れ親しんでいる。
そんな中で私にとって忘れられない思い出深い「離島」が、八丈島からヘリコプターで渡る青ヶ島だ。 70Kmほど先に八丈島があるとは言え、地図上で観れば本州から遠く360Kmも離れた、小さな忘れ去られたような絶海の孤島だ。
島全体が火山の外輪山でその中にも内輪山があると言う二重カルデラ構造をしている、直径は3Km余りで最高峰は423mと言う大変珍しい地形をした島だ。 周囲は殆ど断崖絶壁で、砂浜はない。 海へのアクセスは唯一の港となっている三宝港で、外輪山を中からトンネルで海側に抜けた所のわずかなスペースに作った小さな桟橋だ。 防波堤はなく、大型船は着岸できない最低限の桟橋だ。
島の反対側に大千代港と言う港があったが、30年程前に崖崩れで完全に崩壊してしまった。 今は外輪山から下る道路も寸断されてしまっている。
小さな貨客船による定期航路が八丈島からあるが、海が少しでも荒れると接岸が難しく就航率は50%程度しかない。 ヘリコプターの方が80%近くの就航率があり、飛べない日は限られているので、余程たくさんの大荷物がない限りそちらに頼る事になる。 普段はヘリコプターと言う乗り物に乗る機会はなかなか無いので、貴重な体験ができる20分間の飛行だ。
(青ヶ島ヘリポート。エンジン音がうるさいが、乗り心地は最高だ。)
皮肉な事に、青ヶ島の良さにこのアクセスの悪さが一役買っていると思う。 ここでは「オーバー・ツーリズム」は起こり得ない。 最短コースでも本土から飛行機で八丈島に飛んで、そこからヘリコプターに乗り換えだ。 途中で天候が悪くなれば足止めだし、特に帰りの予定が天候のせいで延泊となる可能性は十分に考えておかねばならず、そうなると普通のサラリーマンが休日を利用して無事往復する事を信じて訪れるにはかなり勇気がいるのだ。 私はそれぞれ10泊のスケジュールで2回撮影旅行に訪れたが、自分の仕事用の作品作りだったので、日程に追われる事もなく、静かな毎日を過ごせたのは幸せだった。
青ヶ島の人口は160人程度で、宿泊施設は数件しかなく、私が利用した民宿「あおがしま屋」は一番大きかったが、それでも定員はわずか15名程度だった。 ヘリポートの近くには「青ヶ島レンタカー」と言うレンタカー屋が1件しかないので、そこで軽自動車を借りる。 島内はアップダウンが険しく移動には車が必須だが、距離はないのでガソリン代はわずかしかかからない。
(青ヶ島レンタカーの軽自動車が必須の足)
(立派な道路は外輪山を海側に抜けるトンネルから三宝港に下る舗装道路だけで、多くはこのような道)
小さな島ではあるが、ちゃんとした雨水の貯水・浄水場があり、上水道が完備されている。 またジーゼル発電設備があり、家庭用電源も安定して給電されている。 当時はタバコを吸っていたので、島内唯一の自動販売機にはお世話になった。 また青ヶ島酒造と言う所では島内産のさつま芋や大麦を使った独特な製法で作った、青酎と言うとびっきり美味しい香りの強い焼酎が作られている。 場所が場所だし少量生産の手作りなので、全国的に通の間ではかなり人気があるそうだ。 もちろん宿泊している民宿で堪能できる。
ここ青ヶ島ならではの素晴らしい体験が、磯釣りと星空観望だ。 私は釣りには興味がないので、仲良くなった民宿の宿泊客が三宝港の桟橋で釣っているところを見学させて貰っただけだったが、四国からわざわざ青ヶ島まで釣りの為に何度も通っていると言うその方の話が頷けるような釣果だった。 民宿の夜のおかずはその方たちがその日に釣った新鮮で丸々太った魚たちだった。
(唯一海にアクセスできる三宝港の桟橋が釣り場だ)
(新鮮な魚の刺身が民宿の夕食で味わえる)
さて、夜観る星空はウルトラ絶景だ。 私は昔から天文が趣味なので、全国各地で星空の撮影はして来たが、青ヶ島で銀河の凄さにはただ圧倒される。 間違いなく全国ナンバー・ワンだ。 とにかく日本地図を広げれば一目瞭然だ。 島の周囲360度ぐるりと見ても延々と拡がるのは海だけなのだ。 夜ともなるとまさに漆黒の闇に包まれる。
水平線のかなたまで真っ暗だ。 沖合の漁船の灯りが眩しいと感じるほどだ。 専門的な話になるが、日の出前や日没直後に銀河より暗い「黄道光」と言う、惑星間塵が太陽光をわずかに反射する光が水平線から円錐形状に伸びる感動の現象を観測出来る事もある。 普通ではどこでも滅多に見る事ができないものだ。 私は国内各地を始めパラオやフィジーでも星空写真を撮って来たが、私のお勧めは青ヶ島一択だ。
私はタイムラプス・フォトグラファーなので、島の自然をタイムラプスで沢山撮影したのだが、その中で眩しさに圧倒される銀河を中心にまとめた作品が以下の動画だ。 以前に「想い出はいつもタイムラプスの世界で描かれる」と言うエッセイでご紹介した動画だ。 前半はドローンを飛ばして撮影したビデオ映像なので島の様子もお分かり頂けると思う。 圧巻の銀河の輝きをご覧頂きたい。
(『【8Kタイムラプス】絶海の孤島「青ヶ島」~漆黒の闇を照らす眩い銀河』青ヶ島の眩い銀河を余すところなく捉えた作品)
小さな島で移動できる道路も限られているので、2,3日も滞在していればまるで自宅の庭を移動しているように隅から隅まで把握出来てしまう。 この島でドローンを飛ばしてみると地形が良くわかる。 まるで火山島の地形模型やジオラマを見ているようで青ヶ島が自分の手の平の上に乗って、心の中に入ってくれるように感じる事請け合いだ。
青ヶ島は絶海の孤島だが、その割に僅かな住民の為に生活インフラが一通り整っていて快適に過ごす事ができる珍しい所だ。 繁華街も喧騒もない静かな究極の「僻地」だ。 私は前後2回に分けて計3週間滞在したが、日本で訪れた地で一番忘れられない想い出の場所になっている。




