当たり前のように学校に通い、当たり前のように大学に進み、当たり前のように就職試験を受けて会社員になった。 それで本当に良かったのだろうか。
実際の所、会社員になって人生は本当に豊かに送る事ができた。 色々問題はあったし、色々不満はあった。 しかし総合得点で見たら、身に余る経験と幸せを実現してくれた。 その会社には心から感謝している。 むしろ与えてくれた物を十分にお返しする事が出来たのだろうかと省みる事すらある。 しかし、それで本当に良かったのだろうか。
人それぞれに「可能性」があるはずだ。 学生時代から可能性を掛けた選択肢は始まる。 特に専門大学を選択すれば、その時点で将来の選択肢は大きく絞られる事が多い。 その時点で塾考し、真剣に将来の道を考え、自分の人生の選択をする事になる。 真剣勝負がその瞬間から始まる。
それに比べ、一般大学に進んで4年で卒業する大多数の学生は、就職したい希望先の選択はするが、結果的には会社に選択されて、そこからの人生は会社の中で実現可能な限られた道を選び・選ばれながら進んで行く事になる。
私は52歳で最初に勤めた会社を早期退職し、新しいときめく物を探して幾つかの小さな会社を経験したが、期待した程のときめきには出会えず、60歳で会社員を辞めた。 それから人生初めての個人事業の道にチャレンジを始めた。
実際に日本でまだ誰も手を付けていなかった新分野で事業を立ち上げて見て、初めて自分の持つ物すべてが仕事に生かされるばかりでなく、全く自分が負担に感じることなく、完全に仕事に没入するようになった。 会社員時代も相当頑張ったと思うが、得られる達成感はその時の何倍も大きかった。
重たい機材を使って特殊な動画を撮影する、体力も必要とする事業だった事もあり、自分で「ここまでで良し」と思えた所で歳も考えて廃業する事にした。
振り返ると、この個人事業に挑戦した十数年間は、私の社会人生活の中で最も大きな達成感を得られた期間となっていた。 最初に勤めた企業では私の人生を変えるような経験を幾つかさせて貰い、それは私にとって他では絶対経験できない唯一無二の素晴らしい経験ではあったのだが、仕事から得られる達成感は別問題であった。
こんな歳になって、今更の様にもっと大きな達成感を得られる道があったのではないか、自分が選んだ道はそれで本当に良かったのだろうかと思う時がある。
最近、30歳にも満たないような若い青年が、勇敢にも法人組織を立ち上げ社長となって、立派に従業員を雇ってビジネスにチャレンジしている姿を拝見する機会があった。 その姿には胸を打たれた。 私は現役時代の最後に事業者の端くれ程度の事をして納得して引退したが、ならばその若い社長のように若い時に勇気ある選択をしていたらどんな結果になっていただろうと考えると未だに胸が高鳴る。
私が若かった時に、専門分野の大学に進む道や、起業する道も選択ができた。 しかし、私の場合は高校で趣味に没頭して成績は落ち込んでいたので、最初の選択はかなり難しかったが、少なくとも卒業時に起業する道は選択できたはずだ。
しかし、あの頃の学生気分から抜けきれない私の仕事に対する甘えたマインドでは、起業などは到底無理だったとは思う。 そうなると悲しいかな、少なくともこの人生では、結局通って来た道しかなかったと言う結論になる。
あの若かった学生時代に将来こんな気持ちになる可能性がある事を理解して、周りの流れに乗って前に押し出されて進む様な生き方ではなくて、自分の人生と言う物をもっと主体的に能動的に真剣に考えたならば、例えどんな人生を過ごす事になっても、こんな気持ちにはならなかったのではないかと思う。
考えて見れば、起業して相応の成功はできた人、音大で音楽の道を目指した人、法律の道を目指した人、医学の道を目指した人の中にも中途で挫折せざるを得なかった人もいるに違いない。 自分の可能性を最大限に生かせる道は、人それぞれ異なっている。 そういう意味では、誰しもが何処かで「それで本当に良かったのだろうか」と振り返る事はあるのではないかと思う。
今度生まれて来た時には「国際線のジャンボ機のパイロット」になると決めて30年経つが、その後の人生で、「法人組織を起業して成功させる」が加わり、心の中で優先順位を決めかねている。
今の人生で出来なかった事は次の人生でやり遂げるしかない。 もしかしたら、人生で大成功した人は、前の人生でそう思って生涯を終えた人かもしれない。